「働く」ことで生まれた、新たなアーティスト活動の形――アナ『時間旅行』アートワークプロジェクト。
大久保潤也
コピーライター/コンセプトプランナー/サウンドプロデューサー
永井大輔
デザイナー
五味利浩
デザイナー
今市達也
グラフィックデザイナー/タイプデザイナー
中園英樹
デザイナー
2005年ソニーミュージックから“アナ”でデビュー。6枚のアルバムをリリース。2014年からコピーライターとしてMIMIGURI(旧DONGURI)にジョイン。クリエイティブディレクターとしてブランディングやPR案件を担当。2017年から作詞やプロデュースを手がけるアイドルグループ“lyrical school”の楽曲では2曲連続でオリコンチャート1位を獲得。2020年にはOLD.Jr名義で初のソロ作品をリリース。エンターテインメント性のある企画プランニング、ブランドコンセプトや企業のメッセージ開発に多く携わる。
学生時代に出場した第47回および第48回技能五輪全国大会ウェブデザイン職種部門において2年連続で金賞を獲得。現在は「歌って踊れる」をモットーに、ロジカルとエモーショナルを両立させたクリエイティブを制作している。
東京造形大学デザイン学科グラフィックデザイン専攻卒。卒業後代表ミナベトモミとデザインファーム株式会社DONGURIを創業。VIデザインを基軸に、CI、WEB、商材パッケージなど幅広い表現領域でブランディングに携わる。
東京造形大学グラフィックデザイン専攻領域を卒業後、株式会社MIMIGURIに入社。タイポグラフィを軸としたブランド開発やグラフィックデザイン、デジタルフォント設計を行う。2020年にフォント開発事業「<a href="https://katakata.don-guri.com/branding/">katakata</a>」を開始。和文書体「あかがね明朝体」「グロテスク」などを制作。受賞歴に日本タイポグラフィ年鑑 タイプデザイン部門 審査委員賞(片岡朗審査委員選出)など。 著書:『<a href="https://letter-spacing.mimiguri.co.jp/">レタースペーシング タイポグラフィにおける文字間調整の考え方</a>』(ビー・エヌ・エヌ)/共著:『書体のよこがお 時代と発想でよみとく書体ガイド』(グラフィック社)/寄稿:『+DESIGNING』vol.50(マイナビ出版)、「Adobe Plus One」など。
東京造形大学デザイン学科グラフィックデザイン専攻卒。卒業後フリーで活動。DONGURI入社後WEB VI、パッケージなどのイラスト制作。AfterEffectsを使ったアニメーション等も担当している。
大内篤と、DONGURIに在籍する大久保潤也による音楽ユニット「アナ」。
2019年3月に発売され、5年ぶりの新作となった『時間旅行』は、洗練されたキャッチーなメロディと、聴く人の心を揺さぶるセンチメンタルな世界観で、多くの話題をさらいました。
AvecAvecをアレンジャーに迎えリリースされた『必要になったら電話をかけて (2019ver.)』も、その後にリリースとなったアルバム『時間旅行』も。
アートワークを手がけたのは、DONGURIのクラフトマンチームでした。
アーティスト活動を続けながら、会社員としても仕事をする。
クリエイティブのスキルを活かして多彩に活躍するアナの二人が、どのように今回のコラボレーションに挑戦したのでしょうか。
その歩みを、アナとDONGURIのクラフトマンチームに聞いてみました。
アーティスト活動で発揮しているスキルを、ビジネスにも活かす。
アナのお二人は、アーティスト活動と並行しながら、企業での仕事もされていますよね。音楽以外の仕事を始めたきっかけは何だったのでしょうか?
大久保僕がDONGURIにジョインしたのが2014年ですね。きっかけとしては、もともとDONGURIには別のミュージシャン仲間が在籍していたんですよ。その人と一緒に音楽仕事をしたり、プライベートでもよく遊んだりしていて、その流れで「一回DONGURIに遊びに来たら?」って言われたのが最初ですね。
現在、大久保さんはDONGURIでコピーライターとして仕事されていますよね。
大久保そうですね。最初は本当に遊びに行ったという感じだったんですが、ミナベ(DONGURI 代表)が、アナの作品を見て面白がってくれて。それで、「コピーライターとして入りませんか?」っていう話があって、ジョインしたっていう感じですね。
コピーライターとして仕事をしていこうと決められた理由はなんだったのでしょうか。
大久保もともと憧れていた職業だったんです。学生時代、僕自身の進路として「将来何になりたいか」って考えたときに、ミュージシャンかコピーライターか、という二択でミュージシャンを選んだっていう感じで。ただ、ミナベには後から「正式に面談したときにも、一回も目が合わなかった」と言われたりしましたね(笑)。当時の僕はビジネスパーソンとしての経験がまったく無かったので、“社長”みたいな人に苦手意識もあったんです。もちろん、今は違うんですけど。コピーライティングの実績も特にあるわけではないものの、言葉が好きで、憧れの職業だったので、作品を通してそういう面を見てもらえたのは嬉しかったですね。
大内さんは、アーティスト活動と並行してどのような仕事をされているんでしょうか。
大内僕はデザイナーとして勤め始めたんですが、時期としては大久保と同じくらいのタイミングでした。現在のセカンドロイヤルというレーベルに移籍する前くらいに、自分たちでインディーズ活動している時期があったんです。そのとき、アナのTシャツとかの物販グッズを担当してくれているデザイナーさんがいて、その方の紹介がきっかけでした。
大久保もともと大内は、アナのWebサイトのデザインとか、自主制作の頃のCDジャケットのデザインとかやっていたんですよ。
大内今もWebサイト制作を中心に、受託での制作や、自社メディアの制作なども担当しています。うちの会社の代表が、困っている人を助けるのが好きな人なんですよ。なので、DONGURIさんのお手伝いをしたこともありますね。
大久保僕も大内も、アーティスト活動の中で発揮していたスキルを事業でも発揮していっているっていう感じですね。
いわゆる“二足のわらじ”という感じだと思うのですが、企業の仕事をされていくようになってから、作品についてどのような変化がありましたか?
大久保アナに関しては、あんまり変わっていないつもりなんですけど。ヒップホップアイドル「lyrical school」のプロデュースもさせていただいているので、そういうプロデュース業では音楽に向き合う意識が結構変わりましたね。どうしたらこの子たちの魅力が伝えられるか?を考えながら作詞したり、とか。
大内いや、まあでもアナについても変わったよ(笑)。いい意味でね。自分が気づいてないなら、それはそれで全然いいことだとは思ってるんだけど。変に意識して変えようとしたっていうんじゃなくて、自然にそうなってるっていう。『必要になったら電話をかけて』を聞いたとき、僕の中で「大久保、やっとこういうのできるようになったんだ」みたいな驚きがあったんですよね。今まではその、個人の想い、大久保の想いを、こう……ずっと聞かされて見せられて、みたいな(笑)。
それは、言い方が……(笑)。
大内いやまあでも、本当にそうなんですよ(笑)。それがアナの魅力でもあって、だから逆に「みんなに自然に伝わるもの」っていうより、ちょっとひねくれてるようなのが多かったんですよね。『必要になったら電話をかけて』は、もう誰が聞いてもいいねって思える、スッと入ってくるようなものが生まれたなって思いました。あの曲を作ったのがいつ頃だったっけ。
大久保ちょうど2015年くらいかな。
大内2015年、つまり仕事を始めてからだと思うんですけど。あの曲を聞いたときに、僕は結構、大久保は変わったなって思ってましたよ。
大久保大内が言うように、僕が音楽で表現しているのって、すごいプライベートなことなんですよね。失恋して、それを曲にしてっていう。今まではあくまでも自己表現、自己完結の世界だったんです。でもDONGURIでの仕事は組織とか事業の課題を解決するというものなので、クライアントがいてユーザーがいて、その人たちに伝えるには?っていうところを考えていくことになるんですよ。そういう目線が持てるようになったのは、今回の作品でも確かにありましたね。それまでは曲を作っても、「別れた恋人に聞いてもらえたらいいのにな」くらいの感じだったんです。でも今は作品を出しても、ある程度多くの人たちに聞かれないと意味ないって思ったりするようになって。そのためにどうしたらいいのかっていう視点、作った後の視点が持てるようになったんですね。
大内本当に自然にいい意味で、普通の感覚がわかっていったっていうところだと思うんです。
大久保ああ、そうだね。そういうことなんだと思う。なんかDONGURI入る前って、いわゆるミュージシャンらしいというか、反骨精神みたいなところから物を産み出していたんですよね。例えば、金銭的に苦しい時期があってもそれもバネにして曲を作る、みたいな。今もそういう、ネガティビティを原動力にするところはあるんですけど。仕事をするようになってから、いろいろな人と接する機会が増えたんですよね。ミュージシャンとして活動するだけでは出会えなかった人たちでもあって。普通に生活を送る人の感覚もわかってきたっていうか、その辺がナチュラルにクリエイティブに反映させられるようになったっていうところがあるんだと思いますね。
「いつも一緒に仕事をしている仲間と、作品を生み出したい」
2019年にリリースしたアナの7inchシングル『必要になったら電話をかけて(2019ver.)』、ミニアルバム『時間旅行』では、MVやアートワークの制作をDONGURIが担当していますね。アナとDONGURIのコラボレーションはどのような経緯で生まれたのでしょうか?
大久保DONGURIに入ったときから、せっかくクリエイティブのメンバーが近くにいるので、いつか一緒にできたらいいなあってずっと思っていたんです。今までは、ジャケットデザインとかMVとか、自分たちが10代20代の頃に憧れていた、どちらかというと先輩方と仕事をしてきたんです。でも今回は、参加してくれたミュージシャンもDONGURIのメンバーも30代前後で、第一線で活躍する同世代なんですよね。同世代、いつも一緒に仕事をしている仲間と作品を生み出したいっていう願いが叶った形ですね。
アナにとっては5年ぶりとなるリリースでしたが、なぜこのタイミングでのコラボレーションになったのでしょうか。
大内僕と大久保もアーティスト活動以外の仕事をするようになって、毎年作品をリリースするっていう感じでもなくなっていって、リリースすることが大きなイベントになっていたんです。
大久保なんか時代的にも、音楽の流通がサブスクリプションとか配信にどんどん変わっていってるじゃないですか。CDを作るのが最後になるかもしれないっていうのが僕たちの中にあって。だからこのタイミングを逃さずに、今一緒にやっておきたいなって。ちょうどCDのジャケットやアートワークに影響を受けてきた世代でもあるので、せっかくならそういう同世代の仲間と一緒に作ってみたいなって思ったんですよね。
DONGURIとしても、MV制作は初の試みですよね。
大久保そうですね。なので、普段の仕事とはまた違った面白いものが作れるんじゃないかなって思って。最初に依頼したのが『必要になったら電話をかけて (2019ver.)』のMV制作でしたね。
大久保新しいアレンジでリリースするのは決まっていたので、まだその音源も出来上がる前の段階で。原曲を渡して、これの新しいバージョンのMVをお願いします、多分尺は同じくらいです、っていう感じで依頼しました。まあでもその流れでイラストとか描くだろうし、ジャケットも一緒にやってくれるんじゃないかな? っていう思惑もありましたが(笑)。
そのオーダーを受けて、DONGURIとしてはどんなところから制作を進めていったのでしょうか。
五味オーダーをもらった後、結構すぐにジャケットも作ろうっていう話になりましたね。思惑どおりというか(笑)。アサインとしては、大久保がプロデューサーで、僕と永井、今市、中園っていうクラフトマンチームのメンバーで担当することになって。音源が来るまでの間に、メンバー内でMVのクリエイティブのコンセプトを話し合っていく、っていうのが最初でしたね。
大久保大まかなコンセプトとして、撮影するのかイラストにするのか、アナのメンバーは出演するのか、とかですね。
今回のアートワーク制作の取り組み方について、今までとの違いはありましたか?
大久保明らかに違うのは、ブランディングの考え方が加わったことですね。今までアナでやってきた制作だと、楽曲がある程度できていて、作品のテーマだけ伝えてクリエイティブするっていうのが多かったんです。でも、僕たち二人とも仕事を始めたおかげっていうか。アナが今までやってきたのはこういうことだから、楽曲のアーティスト性みたいなところは守りつつ、より多くの人に聞いてもらうためにこういう層にアプローチしたい、みたいな話をしていたんですよ。これって、ブランディングとかの作業にすごく近いことでもあるんですよね。アナでそういうことをちゃんとやったのは初めてでした。
DONGURIのプロジェクトで実践しているブランディングのアプローチが加わっているということですね。MVのコンセプトはどのように決まっていったのでしょうか?
五味最初に決まったのが、イラストを使うということと、女の子を主人公にしようっていうところでしたね。そこから、イラストのタッチを決めるためのラフ制作を始めていきました。
五味新たに聴いてほしいターゲット層のペルソナだったり、世の中の流れだったりを踏まえて、今見てもらえるイラストってこういうタッチだよねとか。今回、クリエイティブのメインのプロデュースは大久保で、最初にMVの絵コンテを作ったのも大久保なんです。
とてもストーリー性のあるMVなので、絵コンテはどなたが担当されたんだろうって思っていました。大久保さんだったんですね。
大久保楽曲自体が自分の体験から生まれているので、僕自身の実体験なども織り交ぜつつ、基本の絵コンテを出したっていう感じですね。
五味大久保の絵コンテ案を踏まえて、歌詞の世界観に合わせてストーリーをブラッシュアップしていったっていう感じでした。流れとしてこのカットの順番を入れ替えた方がいいとか、こうしたほうが画的に映える、みたいな。言葉で説明するよりも映像で見せた方がわかりやすいかなと思って、Vコンも作りました。その頃にはアレンジされた新しい音源も出来上がっていたので、イラストのラフを描きながら、主人公の女の子が紡ぎ出すストーリーを歌詞の世界観に合わせて詰めていったって感じですね。
大久保イラストの資料として、永井がいろんな写真をたくさんSlackに送ってましたよね。
永井ああ、そうですね。髪型の写真とか。
五味たくさん送られて来るので、「髪型しか送ってこない」みたいな疑惑を抱いていました(笑)。
永井そのとき細かく説明してなかっただけで理由はあるんですが(笑)。アナって女性ファンもとても多いので、男性から見たフェチとか好みだけで終わらせるのではなくて、女性から見ても好感度が高い、かわいいっていう印象のキャラクターデザインにしたかったんです。
大久保永井の言うとおり、アナは女性のファンの方が多いんですよ。で、今回新たに聞いてほしい人たちが、まさに永井みたいな層で。若い世代でネットカルチャーに強くて、っていう人たちに是非聞いてほしいし、アナの魅力も伝わるんじゃないかなって思ったんです。なので、永井のアサインとしてはクリエイティブディレクターっていう肩書きなんですけど……。
永井髪型とか服装とかに茶々入れるっていう(笑)。
五味そういう細かいところも含めてディレクションしてもらったって感じですね(笑)。
MVのイラストそのものもそうなんですが、モーションや背景の書き込みもすごく凝っていますよね。
五味キャラクターデザインが決まった後に、人物の細かい動き、線の太さとか揺らぎとか塗りの感じとか、細かいところのニュアンスを簡単なGIFのプレビューですり合わせたりしていきました。背景については中園が書き込みを担当してくれたので、僕はキャラクターの書き込みやモーションの演出に集中できたっていうのがありました。
大久保あと背景については、僕たちが福岡出身なので、福岡タワーや大濠公園を背景に入れてもらったり。
大内自分たちが実際に生活していた場所を多く入れてもらいましたね。
大久保映画館のシーンでは、上映されている映画も指定して入れてもらいました。
あれ、気になっていました! 何の映画なんでしょうか?
大久保『エターナル・サンシャイン』の一場面です。あと、MVのラストシーンのところで、最後に電話がかかってくるのか?っていうところもいろいろ話し合いましたよね。
女の子が部屋から出て、ベッドにスマートフォンだけが残されているシーンですよね。
五味あ、そうそう。大久保の最初の絵コンテでは「電話がかかってくる?」という疑問形で、はっきりとした結末は描かれていなかったんです。
永井その後に五味の方で、かかってくるっていう案でVコンを作ってくれたんですけど。僕がそれに対して「かかってくるわけないでしょ!」と(笑)。
五味そういう感覚の違いはありましたね(笑)。
永井やっぱり「電話がかかってくる」っていう答えが出ちゃうと物語が終わってしまうと考えたんですよね。かかってこないっていう終わりにすることによって、かかってくるかもしれないし、こないかもしれない、っていう解釈の余地を持たせることができると考えたんです。シュレーディンガーの猫じゃないですけど。あと、この曲って切ない曲でもあるので、ハッピーエンドで終わらせたくなかったっていうところもありましたね。
五味「かかってこない」まま終わることで、最終的には収まりもよくなったなって思いますね。
タイポグラフィで、いかに作品を引き立てるか。
『必要になったら電話をかけて(2019 ver.)』のMVやジャケットに使用されているタイポグラフィは、どのように生まれたのでしょうか?
今市歌詞の世界観やMVのストーリーとして、過去に想いを馳せるというところが共通しているので、人の記憶の「おぼろげな感じ」を表現したいというところが起点になっています。「要」の字を縦に「あな」と読めるようにしたり、アナへのリスペクトや遊び心も加えていますね。
ミニアルバム『時間旅行』については、どのようなコンセプトでアートワークを制作されたのでしょうか。
大久保まず『時間旅行』っていうタイトルについては、僕が曲を書くときに過去の経験や風景を思い出すことが、旅行するみたいだなって感じたところから来ています。昔は悲しい出来事から抜け出すために曲をつくってたんですけど、今は大人になったからか、悲しみを俯瞰する感じに近くて。こんなことあったなあ、あの人どうしてるかなあっていう記憶巡りのような感覚になってきているんですよね。聞いた人もそういう気持ちになってくれたらいいなあ、っていうのがアルバム全体のコンセプトとしてありました。
永井音楽を聴いてる女の子っていうアイディアはそのあたりから出てきてますね。
このイラストも、五味さんが描かれたんですよね。なぜ『必要になったら電話をかけて』とタッチを変えたのでしょうか?
五味伝えることが違うのであれば思い切り変えてしまおうっていう理由ですね。『時間旅行』というタイトルなので、少し時代を感じさせるような、80’sを回帰するレトロタッチなアプローチに変えてしまおうと。
永井収録予定の音源を聴かせてもらったときに、今までのアナとは方向性が違うなって思ったんですよね。いわゆる渋谷系なポップさから、ヒップホップの要素もある今時のサウンドになっているなって思っていて、そこから方向性を調整していったっていう感じですね。
大久保その流れで、五味からセル画っぽいタッチのアイディアが出てきて。
大内僕たちがCDを聞いてきた世代で、CDを作るのが最後になるかもしれないっていう中で、コンセプトにも合うなあって感動してました。あと、「これなら売り場で埋もれないよね」「目を引くよね」って大久保と喜んでましたね。
五味もう少し背景を描き込んだバージョンとかもあったんですよ。でもイラストのジャケットって多いので、それだと埋もれてしまうかもしれないっていう話もして。最終的にはだいぶシンプルな形になりましたね。
『時間旅行』のタイポグラフィはどのようなアイディアから生まれたのでしょうか?
今市『時間旅行』なので、タイムトラベル的なわくわくするニュアンスも少しだけ混ぜてみようっていう考え方で作り始めました。「間」の内側が少し時計っぽく見えたり、斜体にすることで少しスピード感を持たせたり。ブックレットのデザインでも、当時の写植機を使って印字しています。
え、写植機を実際に使われたんですか?
今市はい。写植機って、パソコンが普及するよりも前の時代に主に使われていた文字を印字するための機械なんですけど。原理としては文字板というガラスのプレートに光を通し、写真を撮るように文字を印字紙に印字するものです。写植時代の書体を選択することで、アルバムの「80年代」というコンセプトがより強くなると考えました。
今市タイトルや外装ラベルには「ゴナ」、歌詞には「石井中ゴシック」という書体を主に使用しています。
なぜ、その2つの書体を選んだのでしょうか?
今市80〜90年代のCDや雑誌で実際に使われていた書体だからです。普段僕らがパソコンで使うようなデジタルの書体は、平成に入ってから普及し始めたもので。当時はそもそも、こういう写植用の書体や活版印刷用の書体でしか印字できない時代だったんですよね。この写植用書体はまだデジタル化されていなくて、今後も搭載されるかどうかわからないんです。なので、当時のレトロな雰囲気を出すのに打ってつけだったと考えたんです。タイトルには「ゴナ」を、歌詞の方はアナの世界観に合う、可読性の高い書体として「石井中ゴシック」を使いました。ガラスの文字板は主に60〜70年代に使われていた手動写植機のもので、その後に電算写植機に移行していくんです。実際にはコンセプトの年代と合わせた80’sの、電算写植機の印字手法を採用しています。
イラストの人物の実在性を感じさせる演出を。
書体のみならず、印字手法まで時代に合わせていたんですね。ジャケットのデザインは特設Webサイトでも踏襲されていますが、Webに関してはどのようなコンセプトがあったのでしょうか。
永井ジャケットの雰囲気やレトロな世界観に合わせて、いわゆるWebらしいアニメーションはなるべく排除しようと思って。例えばローディングに関しても、フェードインだったりとかイージングの気持ちの良い動きとかではなくて、フレームレートを落としたレトロな演出にしています。
レトロな世界観でありながらも、女の子の足元を文字がすり抜けていったり、動画のサムネイルがループしていたり、実装としては今っぽい技術が使われていますよね。
永井足元のレイヤー感は、実は深く考えて作ったわけではないんですが(笑)、予想以上に社内外から反響をいただけて驚きましたね。ただ、女の子の「実在性」のようなものは意識していて、作品の世界観に没入してもらうために、画面の中に本当にいるみたいな演出にしました。透過の仕掛けとか、まばたきをしたりとか、指でリズムをとったりっていうアニメーションの演出も、そういった意図で作っています。サムネイルのループする動画も、若い世代をターゲットにするっていうところで、TikTokみたいな感じを意識して取り入れてますね。Webについては本当に任せてもらえたというか、すごく自由にやらせていただきました。
完成したMVやジャケット、特設サイトを見て、アナのお二人の感想としてはどうでしたか?
大内いやもう最高です。めっちゃ嬉しかった。すごく良いもの作ってもらえた! って。
大久保特にWebについては、大内はアナのオフィシャルサイトのWebデザインもやってるので、作り方を知っている分、尚更っていうところがあるんだと思います。僕としてもWebはもちろんジャケットとかも含めて、80’sのレトロ感と今の時代性のバランスとか作り込みとか、汲み取ってもらえて嬉しかったですね。今っぽさとか、あるいはそれよりもっと新しい感じ。流行りのLo-fi Hip Hopともリンクしたクリエイティブになっているので、すごく理想的な形になったと思います。
大内あと、気づいた人にだけわかる小ネタみたいなのがたくさん仕掛けられていますよね。MVの映画館の座席のシーンとか、昔のアナのアー写と同じアングルだったりして。
五味あ、そうそう。気づかれないかなと思いつつ、リスペクトを込めて描いたカットでした。
大内いやいや、わかります(笑)。すごく嬉しかったです。
大久保特設サイトのリリース日が「2019」じゃなくて、大きく「H31」って書かれてるのも好きです。
永井そうですね、そこは意図しました。平成が終わるタイミングで、その時代を象徴する作品であるっていう意味を強調できればなと。
大久保あと、今回届けたかった層にも、ちゃんと届けられたんじゃないかなって思うんですよね。今回のリリースの後に新しくフォロワーになってくれた人って、ちょっと若い世代な感じがするんです。見つけた人、気づいた人が反応してくれる細かい仕掛けがたくさんあるので、全部のクリエイティブが、新しい人たちにアプローチしていたんじゃないかなと思います。僕たちのアーティスト性や作品の魅力を理解してくれた上で、より多くの人に伝わるクリエイティブを作ってもらえたっていうのは、本当に頼んでよかったなと思いました。
仲間と一緒に制作できた達成感が、次回作のモチベーションになる。
クラフトマンチームの皆さんとしては、プロジェクトを終えてみてどうでしたか?
今市仕事でずっと試してみたかった写植にも挑戦できて、本当に嬉しかったですね。なんというか、すごく素直に楽しんで制作できました。
永井クラフトマンチームでは毎月、やりたいことを何かしら1つストックしていくっていうのが文化としてあるんです。その中で各々が、今までやりたくてもできなかったところを取り入れさせてもらったっていうところがありましたね。80’sモチーフや写植についても、もともとそのストックの中にあったんですよ。
五味欲望ドリブンというか、そういうクリエイティブって、普段なかなかできなかったりもするので。僕らを信頼してくれて、自由にやらせていただいたのはありがたかったですね。さらにアナの二人が今回のアートワークを気に入ってくれて、待受画面にしてくれたりするんですよ。それが本当に嬉しかったです。普段から、アーティストの人にも愛されるもの、「わかってる」って思われるものを作りたいって考えているところがあるので、それが体現できたのは嬉しいなと思いますね。
アナの今後の活動についてなのですが、現在予定されていることはあるのでしょうか?
大久保2020年、新曲をリリースする予定です。
大内やっぱりCDが前提じゃなくなってきているので、リリースのスピード感も大分変わってきてるんですよね。サブスクとかで気軽に楽しめるようになっているので、そういう形にもチャレンジしたいなと思っています。
大久保今までアナとして十何年と活動してきて、アルバムもそれなりの枚数を出してるんですよ。でもリリースする頻度とか下がっていってるし、メジャーレーベルからインディーズになっているっていう状況なので、制作のペースをどれだけキープするかっていうところでもがいてたんです。でも今回、売上枚数以前に、ちゃんとクリエイティブとして次の段階に行けたっていう実感がすごくあって。音もそうですしマインドもそうですし、そう思わせてくれたのが今回のクリエイティブだったんですよね。まるっと自分たちで、仲間と一緒に制作できたっていう達成感が、すごく刺激になりました。改めて音楽に対する欲望がすごく出てきたっていう感じですね。
今回のようなコラボレーションは、今後もあるのでしょうか?
大久保次回も是非、お願いしたいです。
五味わ、マジですか!
大内はい。またやってもらえたらいいなあって思ってます。
五味そう言ってもらえるのは本当に嬉しいですね。次回もまた、新しい表現を見つけていきたいです。
永井そうですね。同じことをやってもつまらないので(笑)。また新しいネタをストックして準備しておきます。
コラボ第2弾、すごく楽しみです。そのときにはまたお話を聞かせてください。ありがとうございました!
二足の草鞋から生まれた、互いにリスペクトし合う新たなコラボレーションの形はアナの作品づくりに、大きな刺激と影響をもたらしていました。
アナが持つアーティスト性と、DONGURI クラフトマンチームの職人性。
このコラボレーションから生まれる、新しい可能性から今後も目が離せません。
Writer
田口友紀子
Photographer
吉田直記
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