企業内研究を紐解く過去・現在・未来 ―MIMIGURIで「新しい研究組織」をデザインする

  • 西村歩

    リサーチャー

  • 東京大学大学院情報学環客員研究員。慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科修士課程修了。科学哲学・科学社会学を専門とし、修士課程ではデザイン学における実践研究方法論に関する調査に取り組む。現在はデザインファームに内在する実践知の形式知化を主軸とする「実践知型研究組織」の概念構築に従事している。電子情報通信学会HCGシンポジウム2020にて「学生優秀インタラクティブ発表賞」、電子情報通信学会メディアエクスペリエンス・バーチャル環境基礎研究会にて「MVE賞」を受賞。

 はじめまして、株式会社MIMIGURIのリサーチャーの西村歩と申します。今年慶應義塾大学大学院を修了し、MIMIGURIに新卒で入社することとなりました。自分はこれまで社会における科学とはどのような役割なのか、学術知とはどのように社会に還元されていくのかといった「知の流通システム」に関する研究を行ってきました。MIMIGURIでは「企業内における研究」の価値や「実践者が研究をすること」の意義について新たに研究しています。

 MIMIGURIは、2022年2月をもって文部科学省より科学研究費補助金取扱規程(昭和40年3月30日文部省告示第110号)第2条第4項に規定する「研究機関」として正式に認定を受けることになりました。本件に関するプレスリリース(株式会社MIMIGURI 2022)に対しても、Twitter上で多くの反響を頂きました。その中でも多く見られたのは「研究と実践を繋げるという企業のビジョンを体現できている」というものです。確かにMIMIGURIが運営する学習プラットフォーム「CULTIBASE」でも記事・動画・ラジオに多くの大学教員が登場し、デザイン、ファシリテーション、組織学習、マネジメントの研究知をお届けしてきました。ただ研究と実践が架橋しているのはこのプラットフォームだけではありません。BtoBのコンサルティングの意思決定のベースにも研究知が位置づけられます。その意味ではサービスの根底に絶えず研究知が存在する、産学連携企業と言えるかもしれません。

 しかしその一方で「なぜMIMIGURIは会社の中に研究組織を構成しているのか」という疑問が沸く方もいらっしゃると思います。特にMIMIGURIのようなtoB向けのコンサルティングを扱う企業が研究開発を行うことでいかなる効果が得られるのか、企業にいかなる利点を生み出すのかについて、腰を落ち着けた説明が必要だと考えています。そこでこの記事では「研究の担い手としての“企業”」に着目し、「企業が学術研究に取り組んでいくことの意味とは何か」という問いについて考えてみます。最終的にはMIMIGURIが研究部門を持つことの意義についても考察を加えてみます。なお、私自身の入社の経緯についても最後の章で書いております。以上熱量がこもって少し長い記事となっておりますが、最後までお読みいただけますと幸いです。

研究とは何か

そもそも「研究」とは一体何でしょうか。広辞苑で【研究】を調べてみると、「よく調べ考えて真理をきわめること」と示されており(岩波書店 2018)、非常に抽象的に見えます。このような抽象的な定義にせざるを得ない理由は、「研究」という言葉に様々な用法が考えられるからです。例えば野球のバッターがもっと遠くにボールを飛ばせるため「バッティングの研究」を行う場合や、主婦がより美味しい味噌汁をつくるために「味噌汁の研究」を行う場合もあります。実のところ科学者や研究者に限らず、何かに上達したり、極めようとする全ての人が「研究」をしていると言っても過言ではないかもしれません。また美術大学受験予備校の名称が「~美術研究所」だったり、大手の司法試験受験予備校の一つに「辰巳法律研究所」が存在したりなど、学術研究が主目的ではない「教育」を目的とした機関にも「研究」という語句が用いられる場合があります。

 しかし学術的な意味での「研究」とは、本来は知的創造活動を意味するものです。文部科学省の資料『学術研究における評価の在り方について(報告)』の中で、研究とは「研究者の自由な発想と研究意欲を源泉として行われる知的創造活動であり、人間の精神生活を構成する要素としてそれ自体優れた文化的価値を有するもの」とされています(文部科学省 2002)。さらにこの文章には「その成果は人類共通の知的資産となり、文化の形成に寄与する」と続いており、人類に「知識資産」を形成する活動と位置づけられます(文部科学省 2002)。これより研究とは「人類・社会における『知識資産』を増やすための知的創造活動」といえます。しかし厳密にはどのような知見を創りだしても、ただちに「研究」とみなされるわけではありません。科学技術社会論研究者の藤垣は、研究するということは、これまでの研究蓄積に対する「差異」を強調することによって「新しい知見」(something−new)を加えることであると述べています(藤垣 2004)。すなわち学術的意味での「研究」とは「人類・社会における『知識資産』を増やすために行われる知的創造活動」でなければならず、かつ「既存研究にない“新しい知見”」でなければならないといえます。

 ここまでをふまえると、研究とは「広義の研究」と「狭義の研究」という見方ができるのではないかと考えます。広義の研究とは広辞苑にも示されている「よく調べ考えて真理をきわめること」という抽象的活動を意味し、狭義の研究とは「人類・社会における『知識資産』を増やすために行われる、既存の研究成果に新規の知見(something-new)を付け加えることが目標となる知的活動」と定義できます。

 ではなぜ「広義の研究」と「狭義の研究」ができてしまうのでしょうか。その背景には「研究」の歴史に裏付けられた意味の変遷があります。そこで「研究」の歴史的変遷を論じた村松の二つの論文(村松 2016,2017)から、その概念の変化を辿ります。原典情報や日本の研究史に関する詳細な論述は村松の二報にございますのでそちらも併せてご覧ください。

 村松によると明治初期の研究は「ミガキ・キワメル」「ミキワメル」「モノノリヲキハメル」と説明されているものが多く、すなわち「技を極める」「学習する」という意味を内包するものが多かったといいます(村松 2016)。これが「広義の研究」、すなわちバッティングや味噌汁についても「技を極める」という意味で「研究」が用いられたり、受験予備校について「学習する」という意味で「研究」が充てられることが多い所以であろうと考えられます。とりわけ明治初期における「研究」とは、「学習」および「教育」を意味する用法が多かったとされています。

 しかし明治中期の1892年に「私立衛生会附属伝染病研究所」が設立されることを期に「研究」の概念が現代的なものに変化していきます。初代所長は「日本近代医学の父」とも呼ばれる北里柴三郎です。北里は留学先のドイツでコレラ菌の発見などに強く貢献したコッホに師事しており、帰国後に北里が留学していたベルリン大学衛生学教室、プロイセン伝染病研究所、パスツール研究所を参考に伝染病研究所を設立しました。この伝染病研究所は北里柴三郎によってペスト菌の発見(中瀬 1995)や、また弟子の志賀潔によって赤痢菌が発見される(小張 2002)など多くの医学的功績を残したほか、日本でペストやコレラが発生する度に対応をしてきました(村松 2017)。新聞などのメディアでもこの伝染病研究所が大きく取り上げられるようになったことから(実際に村松 2017では朝日新聞での伝染病研究所の記事件数の調査を行っている)、村松は現代的な「研究」の概念が認識されるに至った契機として伝染病研究所を挙げています(以上村松 2016,2017)。

民間企業の研究機関とイノベーション促進効果

 前章では日本の科学的研究機関の起源を1892年の伝染病研究所に求めました。では民間企業における科学的研究機関はどのように始まったのでしょうか。

 前章と引用元は同じく村松(2017)によれば、民間企業が単独で科学的な研究所を持った起源を、1909年の大倉酒造総合研究所(現:月桂冠総合研究所)に求めています。大倉酒造11代目の当主である大倉恒吉は、江戸時代から受け継がれている製造法をそのまま引き継いでいたため、日本酒の出来不出来が一定でなく、また酒の品質を落とさないために健康被害が危ぶまれていた防腐剤を入れなければならない状況に課題意識を持っていました。そこで防腐剤を入れない安全・安心の酒造りを進めるべくして、大倉酒造総合研究所を設立し、東京帝国大学の農学士である濱崎秀を招聘することで、防腐剤を入れない瓶詰め日本酒の製造研究に取り組みました。酒を腐らせる乳酸菌混入を抑える方策を見出すことによって品質が飛躍的に向上し、全国的な品評会で賞を多数受賞。伏見の地酒だった大倉酒造は一気に全国に名前を広げることとなったといいます(月桂冠 2014、石田 2019)。

 さて、大倉酒造は民間企業ながら研究機関を組み入れることで、他の酒造メーカーには成しえない技術力を持ち、差別化が叶いました。この大倉酒造の事例は、科学研究に従事する研究部門が企業のイノベーションに貢献するオーソドクスなモデルであるとして説明可能と考えられます。藤田によればかつて日本ではイノベーションを「技術革新」と読みかえていたといいます(藤田 2017)。その理由は他企業に負けない科学技術を持つことが市場優位性に繋がると考えられていたためです。そのため基礎研究⇒応用研究⇒開発研究といった上流の研究部門に投資をすれば、社内における知的資本が蓄積され、その後に控えるデザインやエンジニアリング、製造、販売のパフォーマンスも併せて向上するものと考えられてきました。これらの基礎研究から製造・販売に繋がる線形的過程は「リニアモデル」と呼ばれています。その意味では、あまりリニアモデルの事例として語られませんが、大倉酒造も「防腐剤を入れない瓶詰め日本酒の製造研究」という研究部門への投資によって他企業が真似できない技術を獲得し、利益創出に繋がった事例であるといえます。

 大倉酒造は日本企業におけるイノベーションに向けた研究開発の原点といえますが、様々な成功体験をもとにリニアモデルは大企業で多用されることとなりました。大企業でも長期的かつ用途を限定しない基礎研究を担当する「中央研究所」、中期的かつ特定の目標を定めて実用化に向けた応用研究を担当する「事業本部研究所」が設立されています(宮本 2013)。このように伝統的に企業内の研究機関は、全社的な事業開発のスキームに組み込まれてきました。

リニアモデルの崩壊

しかし1980年代には大企業を中心としたリニアモデルは徐々に崩壊していきます。その多くは基礎研究を担当する「中央研究所」の機能が縮小され、「事業本部研究所化」が進むという形態の変化です。例えば三洋電機の中央研究所は1950年~85年は特定の用途を想定しない基礎研究・基盤研究を積極的に実施していたものの、1986年~97年は事業の出口を想定しつつ独自技術の研究を実施し、1998年以降は事業化に繋がる研究に移行していくようになりました。

 そのリニアモデル崩壊の背景には、①ベンチャー企業が台頭し,オープンイノベーションによる外部連携方式が盛んになったこと(檜山 2009)、②四半期決算報告での業績評価が進み、「選択と集中の時代」の中で、基礎研究の位置づけがより曖昧になり、長期的成果を見越した投資が難しくなったこと(榊 2021、元橋 2001)、③技術中心の製品開発⇒ユーザー中心の製品開発に転換し、イノベーションの起点を本社の市場調査等に置く「インタラクティブモデル」へ移行するようになったこと(元橋 2001)などの各種要因が挙げられます。

 何より最大の要因として挙げられるのは、③で示されたような製品開発のモデル転換ではないでしょうか(元橋 2001、他は国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構 2020が体系的に変遷が論じられている)。高度成長期が終焉を迎える中で技術的差別化に限界が生じ、その一方でユーザーのニーズの掘り起こしから「プル型」の研究開発が一般化していることは多くの研究でも論じられています(たとえば丸山 2021)。やがて、市場での実験に基づく製品開発も進められ、昨今では企業と顧客が協創しながらサービスやプロダクトを開発する方法にまで変遷しつつあります。これらの変遷によって企業のサービス・製品開発の最上流工程に「研究機関」を置くモデルは少なくなっていったと考えられます。

研究者の内発的研究関心を守る仕組み―アンダー・ザ・テーブル

リニアモデルの崩壊によって企業研究者の研究テーマは、本社(本部)による市場調査に基づくものが増えるようになりました。これにより研究者は研究テーマが本部から指示されるようになり、自分の専門性や取り組みたい研究関心に中々取り組みづらい状況になったのも事実です。企業研究者にとって難しい時代が到来した―ように見えるかもしれません。しかし、ここで、東芝が取り入れている「アンダー・ザ・テーブル」の制度が参考になります。 「オン・ザ・テーブル」とはテーブルの上に乗せても怒られない正式な研究を指します。つまり研究計画書が正式に認められて、しっかりとリソースが投入されるとともに、計画通りの研究が進められているかが管理される特性の研究を指します。それに対置される「アンダー・ザ・テーブル」とは「ヤミ研究」や「密造酒」といった名称で呼ばれることが多く(戸前 1983)、正規の研究ではないが、上司に認められれば業務時間の内いくらかを割くことのできる研究を指します。

 東芝はこのアンダー・ザ・テーブルの制度が研究機関としての強みとなったとしており、特に日本語ワープロの開発(1981年発売)が成功例の一つと知られています。東芝の日本語ワープロは開発期間の10年間のうち8年間、アンダー・ザ・テーブルで進められてきました。大型コンピュータを使ってのかな漢字自動変換の基礎研究が一段落したところ、アメリカで急拡大しているワードプロセッサーを国内向けに、日本語版で販売できないかと電算機事業部から連絡を受けたことを機に商品化が決定し、オン・ザ・テーブルの研究に昇格しています(榊原 1982)。このように研究者の内発的研究意欲に基づく研究活動を推奨する制度は東芝のように残り続けている場合も見られるのです。

 ここまで日本における企業内で実施されている研究の過去を俯瞰してきました。簡単に概要を振り返ります。明治から第二次大戦をはさみ、高度経済成長期までの社会の変化に支えられて現代的な科学研究が日本でも浸透してきた最中、大倉酒造総合研究所に見られたように、研究は民間企業の知的資本としてイノベーションの鍵を握るという歴史がありました。大企業では長らくリニアモデルのように企業の技術開発を上流工程とする戦略が主体でした。しかしリニアモデルが崩壊し、インタラクティブモデルが主流化すると、今度はイノベーションの起点を本社の市場調査に置き、また「選択と集中」の風潮の中で基礎研究を扱う「中央研究所」が縮小し、実用化を目指した「事業本部研究所化」が進んでいく流れが見られてきました。ここまでが企業内研究組織に関するざっくりとした系譜です。

文部科学省『民間企業による研究開発活動の概況』とは

ここからは現存する企業内研究機関とはどのような目標のもと設立・運用されているかについて具体的なデータをもとに見ていこうと思います。本記事では、文部科学省科学技術・学術政策研究所が発刊するレポート『民間企業による研究開発活動の概況』(文部科学省科学技術・学術政策研究所第2研究グループ 2021)の2020年度版の結果をもとに、民間企業における企業研究活動の大まかな現状を掴んでいきます。この調査は、総務省が実施する「科学技術研究調査」において社内で研究活動を実施していると回答した企業の中から資本金1億円以上の企業を選定した内容となっています。毎年実施されている調査で、本記事執筆時には2020年度調査が最新版となっています。そこで今回の記事では、『民間企業による研究開発活動の概況』の2020年度版を概覧したうえで、①新規事業と既存事業向けの研究開発の比率、②短期・中期・長期的での研究開発の比率、③分野別の研究開発の比率、④研究開発の目的という四つの内容についての調査結果をレビューした上で、民間企業における研究活動の現在地点について解釈を加えていきます。

(1)新規事業と既存事業向けの研究開発の比率

 以下の図は、各企業の研究開発費全体を100%とした際の、新規事業と既存事業のそれぞれの研究開発費のパーセンテージを伺い、平均値を示したものです。全体的に新規事業の研究開発費が24%に対して、既存事業が76%となっており、既存事業に関する研究開発費は新規事業と比較して3倍強であることが窺えます。

(2)短期・中期・長期的での研究開発の比率

 同様の方法で短期・中期・長期にわたる研究開発費のパーセンテージを伺い、その研究開発費の平均値を示したものが次の図のようになっています。なお短期とは1~3年未満の研究開発、中期とは3~5年未満の研究開発、長期とは5年以上の研究開発を指します。結果として短期的な研究開発は64.8%、中期的な研究開発は28.1%、長期的な研究開発は12.1%であり、企業における研究の半数以上が短期的な研究開発であることが汲み取られました。

(3)特定分野・目的の研究開発

 加えて、「既に実施している研究開発分野、あるいは今後実施する予定の分野・目的のあるもの」についても調査が行われました。その結果、(1)人工知能(AI)技術、サイバー空間(仮想空間)とフィジカル空間(現実空間)の融合に関する技術(IoT 等)の研究開発が30.1%、(2)人文・社会科学等の研究開発が1.8%、(3)国連の「持続可能な開発目標」(SDGs)への対応のための研究開発が25.3%、(4)地球規模の環境問題に関する技術の研究開発が22.3%という結果でした。

 全ての項目に該当しない「いずれも実施していない」が52.0%である点も鑑みると、約半数の企業が以上の4項目の分野・目的に関する研究開発に取り組んでいることが伺えます。汲み取られる特徴としてはSociety5.0、SDGs、地球環境問題というグローバルアジェンダを視座に入れた研究開発は推進される傾向がある一方、人文・社会科学分野(文学、史学、哲学、法学・政治、商学・経済、社会学、心理学、家政、教育、芸術等)についての研究活動が行われる場合は少ないことが挙げられます。

(4)研究開発プロジェクトの目的

 さらに、企業の研究開発プロジェクトの目的について(1)既存の製品・サービスの機能や性能の向上、(2)新製品・新サービスの創出、(3)生産コストの削減、(4)市場シェアの維持・拡大、(5)顧客ニーズへの対応、(6)主として国内を対象とした新市場の開拓、(7)国外を含む新市場の開拓の7項目を用意し、各項目についてを研究開発プロジェクト全体に占める割合についての(ⅰ)10%未満、(ⅱ)10%~40%、(ⅲ)41%~60%、(ⅳ)61%~90%、(ⅴ)90%以上という項目の中から選択する方法が採られました。

 (1)~(7)の各項目の平均値を算出したところ、(1)既存の製品・サービスの機能や性能の向上が41.9%、(2)新製品・新サービスの創出が33.8%、(3)生産コストの削減が22.4%、(4)市場シェアの維持・拡大が29.7%、(5)顧客ニーズへの対応が38.5%、(6)主として国内を対象とした新市場の開拓が19.4%、(7)国外を含む新市場の開拓が15.0%でした。

 この調査結果からは上位4項目のうち3項目(「既存の製品・サービスの機能や性能の向上」、「顧客ニーズへの対応」、「市場シェアの維持・拡大」)が既存製品に関するイノベーションを志向する研究開発である一方、国内外問わず新市場を開拓する製品・サービス開発をめざした研究開発の数値は低く、即ち、民間企業における研究開発は既存事業の改善を目的としたものになる傾向にあることが推察されます。

『民間企業による研究開発活動の概況』から読み解ける事柄

 本調査の結果から読み解ける全体的な特徴を四点に分けて記述します。

 第一に、近年の民間企業における研究開発は既存事業の改善を目的とした研究プロジェクトとして行われる傾向がある点です。①の調査では新規事業を目的とした研究よりも既存事業を目的とした研究が3倍もの研究開発費を計上しており、また④の調査でも既存製品に関するイノベーションを志向する研究開発が上位を占めています。

 この点、近年の企業の研究機関は「リニアモデル」が想定するイノベーションの上流としてではなく、顧客ニーズを汲み取っている本部からの要請に応えながらサービス・製品改善に貢献する機関として位置づけられていると考えられます。これらは新規事業開発が「研究機関」が創出元となるのではなく、組織の縦割りを改称して横断型組織として構成される「タスクフォース」型のプロジェクトや、誰でも参加できる新規事業提案コンテストをもとに新規事業を設立する「社内ベンチャー・コーポレートベンチャー方式」など多様化しつつあることも影響していると考えられます(例えば井上 2004)。しかしローランド・ベルガーのプリンシパルである五十嵐は、社内ベンチャー方式の取り組みは「単発的なお祭り」になりがちであり、次なる事業の柱となるケースは少ないといいます(五十嵐 2013)。故に研究機関駆動型のイノベーションも、また社内ベンチャー方式のイノベーションも其々成果を上げる上での制度的困難性があると推察されます。

 第二に、研究開発の短期間化です。②の調査では企業の研究開発プロジェクトの半数が1年~3年以内の短期的なプロジェクトであることが示されています。その理由として考えられるものは、(1)基礎研究部門の縮小化に伴って本部の課題に応えることを主務とする部門にシフトしたため、(2)四半期決算報告での業績評価が進む「選択と集中」の中で長期的なコミットが要求される研究部門へ投資し辛くなった、(3)先端技術の出現とデジタル化による社会実装の期間が短縮されている(経済産業省,2022)などが挙げられます。

 この短期間化に対しては研究者側からの批判も多くみられます。経済産業研究所における西村(2003)の発明者を対象としたサーベイ調査では、(1)短期間で目に見える成果が要求されるため基礎研究に対するリソース投下や期間の制約が大きい、(2)長期的視野に立った研究開発は傍流に押し流される、(3)短期的利益が立たない研究プロジェクトは終了する可能性が高く、技術・ノウハウを持った人物が散逸してしまう、(4)開発分野の間口を広げて広く浅く始めて、本当に良いものを残していく研究体制が重要という声が見られたといいます。

 第三に、グローバルアジェンダに紐づけられた研究開発は促進される傾向にある点です。③の調査でも見られた通り、AIやIOTなどの先端技術の導入によるSociety5.0への対応、国連の「持続可能な開発目標」への対応、地球規模の環境問題への対応を目的とした研究開発には比較的取り組まれていることが伺えました。

 この点、Society5.0に関しては日本経済団体連合会、東京大学、GPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)の共同研究報告書『ESG投資の進化、Society 5.0の実現、そしてSDGsの達成へ』の中でIOTの市場規模が2018年には約241億円だったものが、2030年には約532兆円に増大すると概算されています(経団連 2020)。またデロイトトーマツコンサルティングは『SDGsビジネスの可能性とルール形成 最終報告書』の中で、SDGsに関する各目標の市場規模を概算したところ、小さい目標でも70兆円、最も大きい目標で800兆円にも上ると試算しており、利益創出が見込めるため、研究開発を通じたグローバルアジェンダへの対応は明確な市場創出に貢献しうる期待が持たれています。また近年企業はサステナビリティに関する項目(例えばCO2排出量)の開示が求められており、機関投資家についてもサステナビリティに配慮されていない企業に対しては投資撤退する動き(ダイベストメント)も見られています(池田 2019)。こうした投資撤退というリスクに対処するためにも、グローバルアジェンダに関係する研究開発投資は、正当性を株主に説明しやすい分野になっているものと推察されます。

 そもそも研究開発に代表される無形資産投資は、極めて投資判断上の不確実性が高いという言及も見られています(例えば緒形 2010など)。しかしながら巨大市場であることが見込まれるグローバルイシューに結びついた研究開発であることで、受託者責任を果たしつつ、利益増進のためにも研究開発に投資する正当性が生まれるものと考えられます。

 第四に、人文・社会科学分野での研究活動に取り組まれる割合は著しく低いことが分かりました。その理由として、従来の「リニアモデル」などが想定していた企業の製品・サービスの技術的革新のスキームに人文・社会科学分野の研究が当てはまりづらいが故に、人文・社会科学分野での研究活動が、企業の投資対効果に貢献するモデルが描きづらいことなどが想定されます。

 また2015年6月8日の文部科学大臣宛名の『国立大学法人等の組織及び業務全般について』の中で、国立大学における人文・社会系学部の組織的廃止についての検討まで各大学に通達されていたことが明らかとなりました(2015)。いわゆるこうした「文系不要論」に対しては産学であらゆる批判が繰り広げられましたが、「人文・社会科学がしっかりと有用だという反論ができずに議論が収束していった」と京都大学の南が総括する通り、依然として文系学問の重要性が社会的にも認識されていない状況があります(南 2021)。こうした人文・社会系の学問に対する風当たりの強さも、企業における人文社会系の研究活動が取り組まれない間接的要因として働いているのではないかとも推察されます。なお、南は人文・社会系学問は「技術課題に先立つ課題設定やコンセプト提案には適しており、無から有を生み出すのに長けている」と前向きに評価しています(南 2021)。人文・社会科学分野の強みを活用すべく、一部的にではありますが、これらを専門とする企業内研究機関も存在します。例えばオムロン株式会社では「ヒューマンルネッサンス研究所」という人文科学系専門の研究所を1990年に設立し、人間・機械の未来のありかたの構想、生活者調査に伴う未来社会像の構想、ソーシャルニーズの創造などの領域の研究活動に取り組んでいます(ヒューマンルネッサンス研究所)。

MIMIGURIの研究部門は技術的イノベーションの為に存在するのか?

今回の記事では「なぜ大学ではなく、企業が研究に取り組む必要があるのか」という問いを投げかけて議論を開始してきました。ここまでの議論を通じて、企業内研究部門が、既存製品改善や、新規事業創出などのイノベーションのための社内機能として歴史的に位置づけられてきたということが示せたのではないかと思います。前述の通りイノベーションモデルは変動しつつあるものの、企業が最新技術・次世代技術の開発を通した技術的イノベーションを果たすための機能として研究機関が位置づけられている点は変わりません。

 さて、ここまでの話をふまえるとデザインやコンサルティング、ワークショップ、ファシリテーション領域を扱うMIMIGURIも、これまでの記事でも論じたような、最新技術や次世代技術の創出を通じたイノベーションをめざすR&D型組織を持つべきなのだろうかという疑問が浮かびます。もっとも企業の研究機関とは全て「(技術的)イノベーション」を目指した組織でなければならないのでしょうか。そうした問いかけのもと、我々は「従来の(技術的)イノベーションを目的としたR&D型の研究組織とは異なった、新しい研究組織のモデルを描く必要がある」と考え、MIMIGURI内の研究組織を今までにないものとしてデザインしていく所存です。そこでここからは「未来」編として、MIMIGURIの研究部門はどのような意図をもって設立されているかを論じます。

 現在の研究チームは以下のメンバーによって構成されています。専属というのは株式会社MIMIGURIと正規の雇用契約を結んでいる正社員であり、パートナーとは大学に本籍を持つ研究者にあたります。研究チームの興味・関心は「組織」「創造性」「人材育成」「デザイン」等がキーワードとなっており、概ね前述の文科省の調査では1.8%しか見られなかった「人文・社会科学」系の研究者が中心です。また各種研究者は学術的インパクトのみならず、著書や記事の執筆などを通した社会的インパクトの創出も意識しているという特徴があります。安斎勇樹著の『問いかけの作法』(安斎 2021a)や、安斎勇樹・小田裕和共著の『リサーチドリブンイノベーション』(安斎 2021b)はその代表例です。

 MIMIGURIの研究チームは従来の研究組織モデルでいうところの「新技術の開発」によってリニアに乗せていくための組織、すなわち何らかの技術の実用化(商用化) を果たすことを目的とした研究組織とは異なります。「組織」「創造性」「人材育成」「デザイン」などの抽象的な理論研究を通して社内の「知」の循環を支える組織として位置づけられ、Research and Development(研究開発)というより、Knowledge Creation(知識創造)のほうが意味合いが近いと考えます

Knowledge Creation(知識創造)のための研究組織

 Knowledge Creationに関する代表的研究者として、野中郁次郎が挙げられます。野中は『知識創造企業』の中で、日本企業が「組織的知識創造」の技能・理論によって成功してきたと論じます。ここでいう「組織的知識創造」とは「新しい知識をつくりだし、組織全体にひろめ、製品やサービス、業務システムに具体化する組織全体的な能力」(野中 1996)として位置づけられます。その上で野中は「SECIモデル」という、企業組織内で暗黙知と形式知のスパイラルを循環させることによって知識創造を果たしていくプロセスを提唱しました。以下の図は野中の著書『ワイズカンパニー』で提唱されている「新・SECIモデル」です(野中 2020)。

  • 共同化(Socializaiton)
    • 個人が直接的にやり取りをして暗黙知を創造し、知的・身体的・感情的に共有される。
  • 表出化(Externalization)
    • 共同化された暗黙知が言葉やイメージ(メタファー)で解釈されて組織の中で形式知化されていく過程。
  • 連結化(Combination)
    • 表出化された形式知が、組織の中で体系化されていく。連結化はマニュアル、社内Wikiでの言語化、理念化などが代表的であり、論文化も該当する。
  • 内面化(Internalization)
    • 体系化された形式知の内容が個人レベルで社会的に実践され、個人の身体化された新しい暗黙知が血肉として生成される。

 SECIモデルにMIMIGURIにおける研究部門を当てはめると、表出化された知識の「連結化」に貢献している組織といえます。つまりコンサルティングやCULTIBASEなどの各種事業に関わる社員自らの経験の中で共同化された暗黙知が、社内カンファレンス(全体会)等の機会で表出化し、研究部門が「理論」や「方法論」「フレームワーク」という形に統合していくことで、その知見を再学習し、日々の事業実践をより良いものにしていくことが期待されるのです。より具体的には『問いかけの作法』(安斎 2021a)といった著書の理論的背景にあるのは、MIMIGURIがこれまで積み上げてきたファシリテーションの実践といえます。その実務的経験の蓄積から一般的理論を抽出していくという研究過程を経ていくことで、研究より生成された知が社内に蓄積され、個々のファシリテーターがそれらを学習することが可能となります。実務教育学の領域で実務家による日々の経験の蓄積から一般性のある研究知を生成することを西村(2022)は「実務的帰納法」と呼称していますが、MIMIGURIにおける研究部門の存在意義は、社内で蓄えられる実践知から、良質な形式知を生成し、社内外に向けて「学習」の機会を構築することにあると考えられます。

 一般的に、民間企業における研究知は重要な知的財産であることから、その内実を秘匿することも少なくありません。しかしMIMIGURIでは研究部門が生成した知見は社外秘にするのではなく、学会発表や査読付き論文誌、CULTIBASEなどあらゆるメディアに積極的に知見を発信しています。例えば2022年2月には東南裕美、安斎勇樹によるMIMIGURIの三浦半島を舞台としたワークショップ事例を分析した論文が日本デザイン学会の査読付き論文誌である『デザイン学研究』に掲載され(東南 2021)、2022年6月23日に開催されたヒューマンインタフェース学会ユーザエクスペリエンス及びサービスデザイン専門研究委員会(SIG-UXSD)でも、2021年のMimicry Design・DONGURIの二社合併に伴う、MIMIGURI設立における元会社同士の組織文化融合に向けた各種試みを分析した論文が発信されています(和泉 2022)。

 MIMIGURIが積極的に研究知見を外部報告すべき理由は、大きく三点考えられます。

 第一に、MIMIGURIの研究から触発を受けた後発的研究がMIMIGURIの外で生まれ、廻りまわって社内に知が還元されていくことが期待されるからです。以下の図はArgote(2011)を入山(2019)が解釈した上で図式化した組織学習のプロセスで獲得された知見の循環に関する図ですが、さらに組織外の「ナレッジコミュニティ(学会等)」に公開することによる効用についても追加してモデル化したものです。

 一般的に学術研究は公刊された知見を参照しあうことを通して、全社会的な知的資産を蓄積していくことが目指されています。MIMIGURIより発表された論文や著書も同様に、不特定多数の研究者に参照され(喧々諤々な議論を頂戴しながら)、それらに触発を受けることによって、新たな調査や研究(後発的調査)が社外で生まれていくことも期待されます。なおここで「後発的調査」と呼ぶものは学術研究のみならず、広義の「研究」を指します。例えば、『問いかけの作法』などを読んで輪読会やワークショップを開催して頂いたり、書評を執筆していただくことも、MIMIGURIの研究に触発された正真正銘の「後発的調査」に該当するものとして広く捉えています。このようにMIMIGURIが知を外部発表して貢献を果たしていくことより、社内のみならず社外でも「知識創造」が促進され、さらにその外部で生成された「発展知」を今度はMIMIGURI社内で参照していくことで、MIMIGURIの事業及び研究が発展していくことが想定されます。この効果は企業が知を秘匿していくことでは決して果たされない価値であると考えています。

 

 第二に、内外の研究者と対話を深めながら 「厄介な問題(Wicked Problem)」に対峙していく方法に関する知見を蓄積し、事業を研鑽していくためです。Rittelは1973年の論文“Dilemmas in a general theory of planning”の中で、デザインの課題は科学的・客観的に単純明快な解決策を用意できるようなものではない「厄介な問題」であり、問題に終わりがなく、また唯一無二の問題が存在しないものであると論じています。コンサルティング事業でもそうした各企業の直面する「厄介な問題」に対処することが要求されます。

 そこでMIMIGURIでは、社内研究者同士が対話しながら、あらゆる組織の「厄介な問題」に対処する方法に関する研究知見を蓄積し、理論構築に取り組んでいます。例えば、MIMIGURI研究パートナーである池田の研究テーマ「レジリエンス」(池田 2022など)も、根底では「厄介な問題」に対処できる組織(および個人)はどのように構成できるかが問われる研究領域となっています。しかし「厄介な問題」に対処する方法は、一つの分野の研究知見のみで得られるわけでなく、学際的で多様な研究者が協働しながら理論形成に努めていく必要があります。そこでMIMIGURIでは、社内ゼミ(月曜朝に実施されているMIMIGURIゼミ)に社内研究者のみならず、大学の研究者、大学院生なども招待することによって、多様な研究アプローチを混ぜながら、組織の「厄介な問題」について分析していく活動が行われています。またこの社内ゼミには現場感覚を深く知る、事業部の社員も参加可能とすることで、社内外の研究者の保有する学術的知見と、事業部の社員が保有する実践知が交換・触発しあう創発が起きています。

 今後もMIMIGURI内外の研究者と持続的に協働を進めていくためには、MIMIGURI自体が学術的なチャンネル(論文誌・学会等)に研究知見を公開し続け、共に「厄介な問題」に関する知見を探索し続ける研究者と関係性を築いていく必要があると考えています。2022年春期(2022年3月~6月)ではMIMIGURIより6件の学会発表を行われていますが、学会は社外の研究者や大学院生と知見を交換しあう場であると同時に、社会関係資本を蓄積する機会にもなりうると考えています。そして蓄積された社会関係資本によって「厄介な問題」を多角的に捉えることが可能となり、学術的にも実践的にも有用性の高い理論の形成が可能になっていくと構想しています。いずれにしてもMIMIGURIは、事業活動のみならず研究活動に参画し続けることで、自らが保有している「厄介な問題」に対処するための知見を研鑽し続け、職責の遂行に努めることを重視しています。

 第三に、MIMIGURIの各種事業(BtoBコンサルティング、CULTIBASE事業)の実践に学術的根拠を与え、説明責任(アカウンタビリティ)を果たしていくという点があります。例えばMIMIGURIが提供するBtoBコンサルティングでは「企業のあり方」「事業のあり方」の再検討に伴走することもあります。再検討の結果が、ミクロレベルでは「各社員の生活」に、マクロレベルでは「社会のこれから」に強い影響を与えかねません。とりわけ大企業を相手としたコンサルティングの場合は、コンサルティングの一連(ワークショップ、組織開発、研修諸々)を行った結果生み出される変化や意思決定によって、数万人の従業員、そして株価にも影響を与える場合もあります。このように影響力の大きい領域を扱っていくからこそ、コンサルティングの意図やアプローチには、学術的根拠を携えることが望ましいと考えています。こうした考えに基づくと、MIMIGURIの各種事業の信頼性・安心性を高める上では、学術知に基づくバックボーンを充実させていくことは極めて重要であり、そのバックボーンとなる知を司る企業内研究部門は、顧客に対する説明責任を果たしていく部門としても位置づけられます。またその学術知は「論文」や「著書」という誰もがアクセスできる媒体で公知化することで、より高い透明性で説明責任を果たすことが可能になるのです。

 ところでここまでお読みになった方の中には「でもそれって儲かるの?」という疑問を持つ方もいるかもしれません。私自身は、企業における「研究知」の蓄積と積極的な外部公開は、「長期的」には経済的価値の創出にも繋がりうるのではないかと考えています。弊社共同代表の安斎勇樹と『心理的安全性のつくりかた』の著者である石井遼介さんが2022年4月にトークイベントを開催した際に、「財務的アウトプットは長い目で見て評価していい」という話をされていましたが(logmi 2022)、研究機関化による「研究知」の蓄積も同様に、短期的に財務的成果に還元されるようなものとは考えておりません。しかし企業の中での研究活動は良質な知見を生成し、社内・社外に開かれているコモンズのもとでそれらの知見のやり取りをしていくことで<共有知>(金子 1998)となり、その<共有知>が企業の社会関係資本を生成し、市場機会を発生させうるという以下図表のような仮説を立てています(金子 1998、北見 2009、名和 2021、野中 2000、Henard 2006などを参考に生成)。しかしこのモデルが有効であるか、妥当性があるかは長期的な観察が必要であり、今後の研究課題となっています。

以上、MIMIGURIにおける学術研究を外部報告していくべき理由として「社外でも知識創造のサイクルをまわすことができるため」「内外の研究者と対話を深めながら “厄介な問題(Wicked Problem)”に対峙する方法に関する知見を蓄積するため」「事業の説明責任を果たすことができるため」という三点を紹介しました。この数か月で社内ゼミ(MIMIGURIゼミ)を始動したり、社内実践を学会発表する準備を進めていく中で、社内研究部門によってもたらされる効用は、想定以上に多いということにも気づきました。「新しい研究組織をデザインする」という実践の中で分かってきたことは、別の機会に改めて報告したいと考えています。

「新しい研究組織のデザイン」に向けて

これまで自分は大学院で「研究と実践が結びつく理想的な関係性をどのように構築できるか」について考えてきました。MIMIGURI自体もアカデミックなバックグラウンドがありながら、コンサルティングなどの実務にも挑戦していて、まさしく自分がこれまで模索してきた「研究と実践が結びつく理想的な関係性」を探究できる組織だと思い、ご縁あって入社する運びとなりました。

 入社早々に自分に与えられた問いは「MIMIGURIの研究組織はどのような組織であるべきかを基礎づけて欲しい」というものでした。実際MIMIGURIの中でも「研究が極めて重要である」ことは分かっていたものの、社内における研究事業がどういう役割であるべきかが具体的に言語化・概念化されていなかったのです。したがって自分が入社後に取り組んでいるのは「研究機関」の役割の定義であり、入社からいきなり組織デザインという、なかなか出来ない経験ができている実感があります。そして色々なトライアンドエラーを繰り返しながら見えてきたものがあり、その「見えてきたもの」を残したくて、今回このような入社エントリを書くことにしました。

 現段階ではMIMIGURIの研究部門は正式に運用されているわけではなく、本格運用は今秋からになります。この秋から、そしてこれから多くの研究者を巻きこみ、MIMIGURI内外で「知識創造のサイクル」を循環させ、実践と研究が渾然一体化した組織づくりに貢献していきたいと考えています。

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