【対談シリーズvol.3】生活者リサーチ起点の商品開発のこれから -データから共通言語をつくるワークショップデザイン-
小田裕和
デザインストラテジスト/リサーチャー
千葉工業大学工学部デザイン科学科卒。千葉工業大学大学院工学研究科工学専攻博士課程修了。博士(工学)。デザインにまつわる知を起点に、新たな価値を創り出すための方法論や、そのための教育や組織のあり方について研究を行っている。特定の領域の専門知よりも、横断的な複合知を扱う必要があるようなプロジェクトを得意とし、事業開発から組織開発まで、幅広い案件のコンサルテーション、ファシリテーションを担当する。主な著書に『リサーチ・ドリブン・イノベーション-「問い」を起点にアイデアを探究する』(共著・翔泳社)がある。
国内最大手のマーケティングリサーチ会社 株式会社インテージは、2015年に「デ・サインリサーチ」と銘打った新たなソリューションを開発しました。これは、創造を生むための様々なリサーチを設計し、ワークショップを組み合わせた複合プログラムです。主に、自由連想や対話で実施するPAC分析(※)を定量的に行う「PAC-i」と、そのアウトプットとして描かれる「マインドディスカバリーマップ」を活用したプログラムがあります。
生活者から表出した言葉の海から、どんな意味や文脈を見出すのか。いかにして決まりきった仮説から解き放たれ、イノベーティブで創造的な新商品開発につなげるのか。この課題に向き合う中で、ミミクリデザインとコラボレーションしたワークショップ・プロジェクトが生まれました。
本対談では、株式会社インテージ CR事業本部CR事業企画室デ・サインリサーチ推進者 鮎澤留美子さんと、株式会社ミミクリデザイン 小田裕和が協働を振り返り、出現した価値を言語化しました。
※ Personal Attitude Construct分析 : あるテーマについて対象者が持つイメージや態度を言語化することを目指すもの。通常は1名に対して定性的に行われる。)
データは仮説の検証のためだけにあるのではない
インテージさんといえば、約5万人の全国消費者パネルや4000店舗の全国小売店パネルを保有し、様々なリサーチソリューションをサービスとして展開している調査会社です。そのインテージさんがワークショップに興味を持たれたきっかけをお聞かせください。
鮎澤留美子さん(以下、鮎澤)はい。ご紹介いただいたように、インテージは購買データに基づいた市場分析を始めとし、ターゲッティングやユーザー調査等、クライアントとなる企業の様々なマーケティング支援を行っております。「発売した商品がどの程度買われたのか」「喜ばれたのか」「広告には接触したのか」など、主に「実態把握」や「評価」を行うことがリサーチ業務として多いのですが、持っているデータの豊かさを生かして、それらを新たな創造につなげるための仮説の生成やニーズの探索・発見に特化したソリューションがあってもよいと考えました。創発型のソリューションは、今の時代に求められているものと思われ、インテージの豊富なリソースの活用の幅として、いろいろなことができるという確信もありました。そこで、新たな発見や価値創造につなげる創発型のリサーチとワークショップを組み合わせたソリューションを立ち上げ、もう少し進化・発展させていきたいと情報収集をする中で安斎先生のセミナーに出会ったんです。
そのセミナーの内容はどんな内容だったのでしょうか?
鮎澤ワークショップにおける問いのデザインに関するセミナーでした。そこでお話をうかがって、ぜひアドバイザリーとしてご参画願えないかと思ったことがきっかけです。
具体的には、どんな部分に興味を持っていただいたんでしょうか?
鮎澤「問いをデザインする」という考え方です。「問いの力」の重要性をお聞きして、私たちリサーチャーがいつもつくっているアンケート票やインタビュー項目づくりも「問い」だな、と。その「問い」の考え方が、学識的にこんなにも研究されていて、発展性があり、創造性に結びつくのかという部分に感銘を受けました。
一方で、今ではインテージさんとのプロジェクトは主に小田さんが担当されていますよね。小田さんは、リサーチと問いの力を使ったワークショップを掛け合わせることにどんな効果が期待できると思いましたか?
小田裕和(以下、小田) 新しいものを生み出す上で、「リサーチデータ」にもとづいた「解釈の豊かさの土壌」がすごく大事だということ、その価値が表出するようなプロジェクトになると思いました。僕は、工業大学でデザインを学びました。大学時代のプロジェクトでは、データを解析し、解析結果を解釈してコンセプトに落とし込むという経験を積んでいました。なので、マインドディスカバリーマップを読み解くことは、その延長線上にあり、スムーズに入っていけました。
鮎澤データの解釈に関連して、小田さんの専門でいらっしゃる「意味のデザイン」があるということでしょうか?
小田そうですね。僕は、いま申し上げた作業をしていた時、解析データに潜んでいる正解を見つけるというよりは、どうやって新しい意味を読み解いていくかという視線でいました。特に大学時代は、学生全員が同じデータを解析するんですよ。それで全員、同じ答えが出てきたらつまらないじゃないですか。じゃあどうしたら面白くなるかといったら、例えばあるクラスタにどんな言葉でラベリングするのか、解釈の部分を豊かさにすることで、新しい意味が出せるんじゃないかな、という実感がありました。一方で、解釈の豊かさだけに依存してしまうと、飛躍しすぎて意味のわからないものが出てきてしまう。アート作品ではなく新商品をつくる上ではそれでは進まないわけです。ところが、往々にして、解釈の豊かさを持っていても、データを集めるノウハウがなかったりする。だから、インテージさんとともに生のデータをクライアントさんと一緒に読み解いていく中で、どんな新しい意味が生まれる可能性があるかを探すという関係性は、すごくいいな、と思いました。
鮎澤「正解を探すのではなく」という部分、とても共感します。われわれは普段、仮説なき調査は調査ではない、というぐらいに「仮説」を持つことを重視しています。でも、データから仮説の証明、つまり正解を探すのではなくて、仮説すら疑いながら観察する姿勢になることも、創造のためには必要だとも考えています。何か新しい見方はないのか、角度を変えてみたら違う発見がないか、いろんな発見を得て、ニーズやアイデアを手を伸ばして取りにいくような気持ち。そういう気持ちをもってデータの眺めていくと、今小田さんがおっしゃったような「解釈の豊かさ」が生まれると思うし、そういう場が必要だったなとすごく思っています。
具体的なプロジェクトでは、どんなプロセスで「解釈の豊かさ」が育まれ、どんな成果につながりましたか?
鮎澤いくつかプロジェクトをご一緒した中で、一番印象に残っているのは、飲料メーカー様の新商品開発プロジェクトです。データの解釈を豊かにした結果、開発チームの共通言語が生まれたことが一番の成果だったと思っています。PAC-iで数千人規模のデータから心を可視化したマインドディスカバリーマップをもとにして、データに向き合う姿勢や問いをミミクリさんにデザインしていただきながら、クライアント様も一緒にワークショップで文脈を見つけ、対象者へのインタビューもして。複合的に組み立てられたことがすごく面白かったです。
小田一番楽しかった、印象深かったポイントをあげるとしたらどこですか?
鮎澤まず、お客様と一緒にマップを俯瞰して、「こう見たらここが塊に見える」とか「こことここがつながっている」みたいな“鉱脈探し”をしたところですね。そして、そこからキーワードを下ろした。インタビューの対象者も同じ鉱脈から見つけて設定して、インタビューでは、そのキーワードから話を広げていった。すると、対象者からどんどんリッチな言葉が出てきました。そして、インタビューを聞いているうちに、お客様がどんどん対象者のことを好きになっていったんです。鉱脈を基盤にして生まれたキーワードをインタビューで広げるプロセスで、お客様の心に化学反応が起きたんですよね。そこからまた、新たなキーワードが見つかって、階段を上るように新商品開発のプロジェクトに繋がっていった。そこが面白かったです。
データの解釈を豊かにしたら、思いもよらないキーワードが生まれた
小田今回は、まず1回目のワークショップでマップを読み解き、ターゲットと彼らのニーズの文脈を設定して、文脈に合わせてインタビューをとり、その結果を2回目のワークショップで読み解いてアイデアにする、ということをしました。似たようなことをワークショップなしで実施する方法もありますし、ひょっとしたら落としどころは、同じターゲット、同じ文脈だったかもしれませんよね。それでも、ワークショップを取り入れた意義はありますか?
鮎澤ありますね。マインドディスカバリーマップは言葉の海で、本当に多様な解釈が可能です。日本語の豊かな表現がてんこ盛りなんです。その中から文脈を見つけるプロセスがなければ、あの“まさかのキーワード”が出なかったのではないかと思っています。よく練られた問いでワークショップをしたからこそ、当たり前を疑うことができ、これまでとは全然違う角度から、飲料メーカー様としてはネガティブワードだったかもしれない言葉をキーワードに設定できた。そこに光を当てることで豊かに解釈を広げられたと思うので、1回目のワークショップで全体を俯瞰して、言葉の海の中から塊を見つける作業は重要だったと思っています。
小田“まさかのキーワード”自体は、インタビューの後のワークショップで出たのですが、その言語化の精度が高かったのは、初回のワークショップで一緒にマインドディスカバリーマップを読み解いたことで醸成された共通の感覚があったから、ということですよね。商品開発において、みんなが腑に落ちていて、でも新しい意味の感覚を呼び覚ます共通言語が生まれるというのは、とても大事なこと。しかも、それを外からパッと「これが大事ですよ」とコンサル的に言われたり、ただリサーチの結果を示されるだけではなく、新商品開発の作り手が一緒に見つけ出したというプロセスがあって、初めて本当の意味での共通言語になります。
鮎澤共通言語ってほんと重要ですね。リサーチデータって、数字だからすごく明確で、もちろんそのデータがあるからこそ意思決定に繋がる役割もあるんですが、その背後にある解釈が、実は限定されてしまっている時もある。でも、ワークショップで解釈を豊かにした上で、その豊かな中から共通言語をまるで編み物のように紡ぐことで、お客様の心の中に何か確信のような納得感が高まってくるのを感じました。創造的であるというのはこういうことか、と。新しいことってもしかしたら言葉から始まるのかなと感じました。
小田意味のイノベーションの領域では、第一人者であるロベルト・ベルガンティが「解釈者のディスコース」というモデルを示しています。ディスコースとは、言葉とその言葉に紐づいた意味づけが歴史的・文化的・社会的背景も含めて伝わる一連の文脈のことです。例えば、「不登校」という言葉には、近代社会では子どもが学校に行くのが当たり前であるという通念と、その社会において不全である、というものの見方までが含まれています。そうした言葉の使い方、含まれるニュアンスなどを含んだ、「言説」として訳される言葉がディスコースです。新商品開発は、意味のイノベーションと捉えられます。従って「解釈者のディスコース」のモデルが活用できると思っています。つまり、共通言語が生まれるだけでなく、それがプロジェクトに関わる多様な人によって多様に用いられ、その相互作用によって新しく豊かなディスコースが形成されることが、いい結果を生むと考えられます。この新しく豊かなディスコースを生み出すことは、ものづくりにおいてクリエイターが感覚的に行なっている場合が多いかもしれません。でも、それだとプロジェクトに関わる人みんなのものになりづらい。一方で、リサーチャーの方は、データから論理構築して「これだ」って示すじゃないですか。それはそれで、みんなのものになりづらい。だから、リサーチデータを視点も職能も違う人たちでいろいろな角度から眺め、掘り下げ、共通言語を紡ぎ出して、みんなで使うっていうのは、つくり手コミュニティのディスコースを形成していく上で、非常に良いこと。鮎澤さんがおっしゃる「新しいことは言葉から始まる」というのは僕も重要だなと感じていて、新しいディスコースにつながるような共通言語が生まれてくることはとても大切だなと思います。
共通言語の発見は合意形成にも役立つ
共通言語が新しいディスコース、そして意味を生み出し、新しい意味が新商品開発を牽引するわけですね。言葉を使うクライアントにも、変化が起きますか?
鮎澤クリエイターや技術者、開発者がデータや言葉の海を眺め、「これはこういうことではないか」という兆し、まだ特定できない要素を言語化できたことで、関係者全員の何かスイッチが押された感覚がありました。それは、最終的に商品と一緒に消費者に届けるメッセージとはまた違っていて。その前段階の、いろんな要素や思いが詰まった兆しにつながる言葉を発見するプロセスをクライアントに提供することは、とても価値があると感じています。
小田予想でしかないですけど、ワークショップ後のクライアントさんだけの会議とかでも、その言葉を使うようになっているんじゃないかと思います。言葉は根づきやすいし、その言葉から生まれたアイデアってみんなにとって納得感が高い。結果として、次のアクションに繋がる合意形成に、無理やりにではなく自ずと到達していく。関係者全員の気持ちや意識が、自ずとひとつのところに向かっていくような現象に、感動すら覚えます。
リサーチとワークショップを組み合わせることで、データの解釈が豊かになるというだけでなく、共通言語への落とし込みとディスコースの形成を通して合意形成もしやすくなる。商品開発は数ヶ月、場合によっては何年もかかりますよね。その間に意見が割れたり混雑してしまうことも往々にしてあると思うのですが、初期の段階で言語を手に入れることで、スムーズに進んでいくって理想的です。鮎澤さんから見て、ミミクリデザインとコラボレーションしたことが、創造に結びついている、という実感はありますか?
鮎澤「意味のイノベーション」という考え方に基づいて、実践的な創造の場にともに関わらせていただいて、リサーチャーの立場でデータに立脚した創造ができる、という手ごたえを改めて感じています。クリエイターのようなものづくりのセンスやスキルがなくても、これまでの話に出てきたように、豊かな解釈や、共通言語をデータから創造することができる、と。これは、つくり手のビジョンをリサーチデータと融合させていく重要なステップです。これからのものづくりに向かう先鋭的で未来的なつくり手のビジョンと、生活者や市場のデータは、今まで分断されがちでした。その間をつなぐ領域に取り組んでいる手ごたえと、得られた知見の価値を感じています。
小田つまりは、つくり手の発想や考えの豊かさが、豊かな商品を生むと思うんです。じゃあ豊かな状態ってどんな状態で、どうやってつくるのか、みんなが正解探しをしていたら、似たようなものしか生まれない。正解探しに陥らず、違う目線を持っているけれども、同じゴールに向かっている人たちが共通言語を持って「何をつくるか」を考えているコミュニティから、圧倒的なものが生まれると思うんですよね。その状態を、商品開発する人たちはいつつくっているのかな、と。Appleしかり、何か新しいもの、イノベーションが生まれてくるところって、だいたい小さいところから始まってるじゃないですか。「ベンチャー企業でマンションの一部屋でやってました」とか聞きますけど、あれってつまりは、みんな一緒に集まって、「あーでもないこーでもない」ってディスカッションして、いつのまにか共通言語を手にしてると思うんですよね。大きい企業になればなるほど、意外とそういう場ってないんじゃないかと思っていて。商品開発において共通言語をつくる時間や場をどうやってつくるか、というテーマは、ワークショップを専門とする会社としてすごく大事にしたい部分です。その一方で、大企業だといろいろな人の目線がどうしても入ってきてしまうので、ある程度客観性が必要で、見る対象を一致させなければならない。そうなった時に、客観的なデータを導くリサーチがすごく大事で。でも、リサーチ結果を見ればそこに答えがあるっていうわけではなくて、リサーチデータを様々な角度からみんなで眺め回して、いろんな形で話し合いながら共通言語を紡ぎ出していく。それができるのが、商品開発に創造性を提供する上でコラボレーションしている意味なのかなと思います。
リサーチとワークショップを組み合わせたソリューションに関して、お客様からの引き合いや依頼は増えていますか?
鮎澤ここ数年、本当に増えています。
興味を持たれるお客様のニーズはどんなものですか?
鮎澤お客様の間で、暮らし全体を捉えることでの商品開発へのニーズが高まっていると思います。今までは、例えば飲料メーカー様なら、どんな飲み物、どんなブランドをつくるべきか、といった内容のご相談が多くを占めていましたが、最近では、「飲料が暮らしに存在する意味」をどう創るかというテーマのご相談もいただいています。新しい存在意義や意味が商品開発や研究の発起点になるからこそ、それを見つけていきたいというご依頼もいただいています。
小田さんは、リサーチを入れることでワークショップに起きることをどう見ていますか?
小田綿密なリサーチが入らないまま商品開発のアイディアを出していく場だと、客観的根拠に乏しい主観的な発想の掛け合いで終わってしまうんですよね。偶発性が高く、クリエイティブジャンプと言えばそれも大事なんだけれども、商品開発をしている人たちは、マネジメント層に話を通さなきゃいけないといった現実的な事情があるので、それは当然不安で。だから、みんな正解を求めがちになるんです。「イノベーションを起こそう」「今までにない新しいものをつくろう」と言っているのに、「エビデンスをください」と。矛盾でしかないのですが、当たり前のようにおっしゃる企業さん多いんですよね。理由を考えると、おそらくエビデンスなんて出ないということはわかっている。でも、不安なんです。で、なぜ不安かというと、自分自身が本当にこれをつくりたいってまだ思えてないから。つくったらうまくいくだろうという感覚が持てていないからだと思っていて。だから、「自分はこれを本当につくりたい」っていうモードにどうやって持っていけるかが大事なんですね。そこで、ワークショップのあり方はもちろん、気持ちが生まれた根元にデータがあると、そうした不安の解消や、想いを力強く後押ししてくれるなと実感しています。クリエイティブ・コンフィデンスという言葉もありますが、データが、今までにない新しいものをつくっていく人の背中を押してくれる存在になるんだろうと思います。
データの解釈にワークショップを取り入れることで新しい意味が開発され、つくり手の間に共通言語が紡がれる。その共通言語が合意形成を後押しし、前例のない世界を進むつくり手のビジョンを支える。結果として、新しい意味を体現した商品が世に送り出され、社会がより豊かになる。データに立脚した創造の旅から、多面的・多重的な価値が生まれています。今回の対談にご協力いただいた鮎澤様、ありがとうございました。
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