「デザイン思考の全社実践を目指して」──知の融合から生まれた“コニカミノルタ流”の学習/実践ツールとは。

  • 瀧知惠美

    エクスペリエンスデザイナー/リフレクションリサーチャー

  • 佐藤比呂

    ディレクター

  • 多摩美術大学情報デザイン学科卒業。東京藝術大学デザイン科修士課程修了。多摩美術大学、東海大学非常勤講師。ヤフー株式会社にて複数サービスのUXデザインを担当した後、UXの社内普及のためワークショップ型の研修やUX導入から組織浸透までの実務支援を主導。UX実践を成果へ結びつけるため、チームづくりのためのふり返りの対話の場づくりの実践および研究を行う。MIMIGURIでは、UXデザイン・サービスデザインをはじめとする事業開発を中心に担当。よりよいユーザー体験につながるモノ・コトを生み出すために、つくり手の体験も重要と考え、事業開発と組織開発の組み合わせ方を実践と研究の両軸を重視しながら探究している。

  • デザイン会社でパッケージデザイン・ブランディング業務を経験。 MIMIGURIでは「様々な立場の人の価値観を尊重した上で、より良い成果を目指していく」ことを重視している。「やってみたい」「使ってみたい」と思う状態はどんなものかを考えている。 鳥と衣食住が好き。

<プロフィール(敬称略)>
久保田 玲央奈
コニカミノルタ株式会社 デザインセンター コーポレートブランド&デザイン戦略部 部長
独立系デザインファームにてインダストリアルデザイン、UIデザインに従事したのち、2002年にコニカ(株)(現コニカミノルタ(株))に合流。医療用画像機器や商業印刷機のUIデザインを担当した。2013年より新規事業領域のデザインマネジメントを行い、2018年、デザイン思考の浸透を主目的に設立されたデザイン戦略部の部長に就任。2022年からはデザインセンターとブランディング部門との統合により生まれた、コーポレートブランド&デザイン戦略部の部長を務めている。

神谷 泰史
コニカミノルタ株式会社 デザインセンター イノベーションデザインマネジメントグループリーダー
楽器メーカーで商品企画、新規事業開発、新規事業提案制度設計などの新規事業創出支援の仕組みづくりに従事した。Copenhagen Institute of Interaction Design(CIID)修了後、UXデザインコンサルティングを経て、コニカミノルタ株式会社に入社。デザイン思考の浸透を牽引する。また、新価値創出プラットフォームenvisioning studioを組織し、手法開発やプラットフォーム構築を行うことで、社内外共創による新価値創造を推進している。現在、TAKT PROJECT株式会社兼業のほか、情報科学芸術大学院大学博士後期課程に在籍し、クリエイティブによるイノベーションマネジメントの研究を行う。

長田 彩加人
コニカミノルタ株式会社 デザインセンター CXデザインマネジメントグループリーダー
オフィス家具メーカーでのデザイン経験を経て、2012年にコニカミノルタ株式会社に入社。新規事業領域のプロダクト・UXデザインを担当し、グッドデザイン賞 金賞、German Design Award GOLD等、多数受賞。2020年よりコニカミノルタ のデザイン思考推進と事業戦略策定に取り組み、画像IoTプラットフォーム“FORXAI”のブランディング立ち上げを手掛る。現在はCXデザインマネジメントグループリーダーとして、社内外での共創と全社CXの向上のためのデザイン戦略策定を牽引している。

2018年、経済産業省および特許庁が「デザイン経営宣言」を発表してから、多くの企業が「デザイン経営」の実践に取り組んでいます。公益財団法人日本デザイン振興会が2020年11月に発表した、既にデザイン経営に取り組んでいる企業を対象とした調査*1 によると、デザイン経営に積極的なほど平均売上高増加率が高くなるという相関関係も明らかになりました。

デザイン経営に関する投資の中でも、デザイン系以外の職種(ノンデザイナー)への啓発や教育は大きな課題です。概要を知る机上の学習のみでなく、経験を伴う学習や実践へと踏み出すためには、各個人が迷わず踏み出すための“足掛かり”が必要です。

デザイナーもノンデザイナーも、誰しもが気軽に学べるデザイン思考を学べるツールが必要である。そんな思いから、デザイン思考の学習と実践のための独自ツール開発を行ったのがコニカミノルタ株式会社(以下、コニカミノルタ)のデザインセンターです。

主力である複合機において、グローバルトップクラスのシェアを誇る同社。カメラやフィルムの製造をルーツとする独自のイメージング技術により、デジタルワークプレイス事業やヘルスケア事業、インダストリー事業など様々な分野で社会課題の解決に取り組んでいます。

従来の「モノを売る」ビジネスから、「バリューを売る」ビジネスへ。その大きな転換を目指して、同社はデザイン思考の全社的な「インストール」に取り組むようになったと言います。その学習体験の設計の一部とツールの開発までを、株式会社MIMIGURIはコニカミノルタと共創しました。

デザイン思考を全社的に実践できる状態を、いかにして生み出せるか? 互いの実践知や学術知識を融け合わせながら、完全オンラインで取り組んだというツール開発の裏側を、両社プロジェクトチームの5名に語っていただきました。


自発的に「学ばれ、使われる」ツールを、実践者と研究者の“知の融合”で開発する。

コニカミノルタのデザインセンターは、かねてより「人と社会のための"美しき解。"」を掲げ、未来を見据えた新たな価値創出に取り組まれてきたかと思います。改めて、「デザイン思考」自体にはいつ頃から取り組むようになったのでしょうか。

久保田デザイン思考を取り入れる動きは元々ありましたが、より能動的・全社的に取り組むようになったきっかけは、2017年に掲げた中期経営計画でした。「課題提起型デジタルカンパニー」として、モノを売るだけでなく顧客の価値を創造する組織へとトランスフォームしていくことが、経営方針として掲げられたんです。
とはいえ、それまでも我々デザインセンターが行っていたプロダクト・サービス開発は、人間中心の課題解決を目指すものでした。デザイン思考でいうところのアイディエーションにも長けていたので、この転機によってそれがさらに明確になっていった、というのが実際ですね。

プロダクトというモノの開発で発揮されていたデザイン思考的なアプローチを、事業やバリューの創造へと拡大していくという試みだったんですね。これまで、デザイン思考が活用された事例にはどんなものがあるのでしょうか。

久保田わかりやすいのは、事業領域を新規に開拓した例だと思います。コニカミノルタでは2013年、介護の現場を根本から変革するソリューションを提供しようと新たに介護領域での事業を立ち上げました。こういった自社に既存のノウハウが無い領域を開拓する場合は、現場を手探りでひたすら見ていくことから始まっていきます。まさに、人間を中心とするデザイン思考のアプローチが活用できる場面ですね。
もちろん、既存事業でも活用場面はあります。例えば、コニカミノルタの代表的なプロダクトでもある複合機。既存機種の機能改良は重要な仕事ですが、そのうち部品を担当するエンジニアの立場からすると、ともすれば「何のためにやっているのかわからない」ともなりかねません。ですが、デザイン思考のアプローチで現場に訪れて、利用シーンからその機能改良の必然性や意義を再認識するということもあります。ひとまず代表的な例を挙げましたが、その他にも多様な場面で生かされているように思いますね。

今回のツール開発プロジェクトが始まった背景について教えてください。

神谷デザイン思考の活用は広がってきているのですが、実践者をまだまだ増やしていく必要がありました。実際に、社内の調査でも「概要は学べたが、いざ自分が現場で実践する時にどうすれば良いのかわからない」という声があったんです。加えて、以前コニカミノルタで使われていたデザイン思考はフレームワークが独自で、一般的なデザイン思考を学んだ人からすると理解しにくいものになっていたんです。
そこで2020年に、コニカミノルタのデザイン思考の大々的なアップデートをしようと決断をしました。その大まかな方針としては、「独自性を活かしながらも、シンプルで学びやすい体系に整える」「実践で使えるツールを開発する」という二つです。

今回開発した、デザイン思考の学習/実践ツール。アクションが3ステップで示された「カード」と「ワークシート」、手引きとなる「ツールガイド」で構成されています。

外部パートナーとして、なぜMIMIGURIに依頼したのでしょうか。

神谷独自性を保つバランスを大切にしながらも、一般的なデザイン思考と乖離していないか、という専門家視点での監修を必要としていました。依頼は2回のフェーズに分かれていて、2020年12月にこのツール開発プロジェクト全体のサービスブループリントの開発、続いて、約9ヶ月の期間を空けて実際のツール開発という進行でした。
サービスブループリントは教育と実践、社内コミュニティ運営から構成されています。その体験の全体像をこのチーム内で共有しながら、逆算的なアプローチでツール開発を進めていきました。

ツールの中身の監修だけでなく、双方の実践者視点での体験設計を大事にしながら、そのあり方自体を考えていくようになっていったのは、このプロジェクトの大きな特徴のように思います。

「使ってもらうもの」を目指すなら、やはり「どう使われるのか」から考えたかったんです。使われる場面を想定すると、ワークシートも記入用のシートを作るだけでなく、使い方までセットで用意しておく方が取り掛かりやすそうだな、というように。

長田「全社的に実践していく」ことを目指すならば、その実践者は「デザインセンター」だけに留まりません。やはり実践を主導していく人が各事業部にいないと、「どうすればいいんだっけ?」と“迷子”になってしまうと思うんです。その意味でも、自発的に「学ばれ、使われる」ツールの開発がしたかったんです。

神谷先ほど久保田さんがお話ししたように、社内では既にデザイン思考の教育や実践の機会がある状態でした。それらの実践知を活かしながら、対話して要件を決めていった形でしたね。

BtoB企業がデザイン思考を実践する鍵となるのは、「Vision」の共有である。

要件定義を経てのツール開発では、まずどのようなプロセスから着手をしていったのでしょうか。

長田「コニカミノルタのデザイン思考」の要素と目指したい体験設計を、我々の方で一枚のオンラインホワイトボードにすべて書き出していきました。関連する既存資料はもちろんのこと、「整理するなら、こういう構成が考えられるのかも?」という仮説も交えながら、ツール開発に必要な情報をこちらで洗い出した後にMIMIGURIさんにお渡ししました。デザイン思考の要素については、数で言うとざっと50くらいあったと思います。

デザイン思考は抽象性の高い要素も含まれるがゆえに、“再構成”する道のりは判断の難しさもあるように思います。どのような仮説があり、どのように整理されていったのか、少し具体的にお聞きしてもよいでしょうか。

長田最終的に整理されたデザイン思考のフレームには「Deep Diving」と「Creative Dancing」という2つの大きな分類があるのですが、この捉え方の方針は、すでにデザインセンター内で立てていましたね。その上で、それぞれのステップや各ワークをざっくりとツリー構造で整理するところから始めました。ステップとは、Deep Divingで言うと「共感」「洞察」「ビジョン」「課題定義」、Creative Dancingで言うと「アイディエーション」「プロトタイピング」「ストーリーテリング」「テスティング」のことです。

長田こういった分類についても仮説があった上で、「この2つのステップは1つにまとめられるかもしれない」「このワークはどのステップに紐づくのが最善だろうか?」と対話を重ねていったのが大まかな流れでしたね。
ステップの下層にあたる各ワークをどれに紐付けるかの整理にしても、やはり判断が悩ましいものがあるんです。例えば、「カスタマージャーニーマップはストーリーテリングでもあるけど、プロトタイピングでもあるよね」というように。こういったところから、MIMIGURIさんに入っていただき、一気に整理して共創で仕上げていった、というプロセスでした。

佐藤現場での実践経験なども共有いただいていたので、「このワークやメソッドはこういう場面で使えますよね」というように、シチュエーションや使われる頻度なども考慮しながら整理を進めていけましたね。

オンラインホワイトボード「MURAL」を用いたコンセプトや構造の整理。 非同期でも、様々な意見が付箋で共有されたといいます。

「コニカミノルタのデザイン思考」については、コンセプトとフレームワークが整理されたコンテンツが同社のデザインセンターのWebサイト内でも先日新しく公開されました。MIMIGURIから見たコニカミノルタ流デザイン思考の独自性や強みは、どういったところにあると思いますか?

Deep DivingとCreative Dancingというネーミングがまず印象的でしたね。2004年に英国のデザインカウンシルが提唱したダブルダイヤモンドモデルがベースにはなってるんですけど、独自の意味づけされていてよいなと思いましたし、共創を進めていく対話の中でも、節々にこだわりが詰まってるのだなと感じました。

佐藤今回のアウトプットからは少し離れるかもしれませんが、この取り組み自体を俯瞰で見た時に、事業部などのノンデザイナーの方が使えることを目指していること自体がユニークですよね。「全社的なインストール」を目指すのは、コンセプトとしても素晴らしい取り組みだなと思っていました。だからこそ難しさもある、というのがこのプロジェクトの性質でもあったと思います。
ツール開発のプロトタイピングを進める中でも、実際に現場で使っていただいて、混乱が生まれたところはブラッシュアップする……というように、とにかく「使われる」実践場面を常に意識していきましたね。

「使われる」実践と独自性の関係について、もう少し具体的にお聞きしたく思います。コニカミノルタはデジタルワークプレイス事業やヘルスケア事業、インダストリー事業など、「見えないものを見える化」する技術で多様な事業を展開しています。その事業特性から来る難しさなどもあるのでしょうか。

長田コニカミノルタの大きな特徴として、BtoBの企業であるために現場を知ることが難しいんですね。BtoCであれば自分がカスタマーとして入り込む方法もありますが、BtoBではそもそも現場を知る機会がなかなか得られません。新規事業の立ち上げにしても、パートナーとしてソリューションを立ち上げるというような、大きな話を最初から起こしていかないとうまく成立しない。最初の“フック“を引っ掛ける難易度が高いんです。
なので、現場を知るDeep Divingをいかに実践するかが、とても大きなチャレンジになるんです。今回、「Vision」をDeep Divingに紐づけたことにも重要な意味があるんですよ。

久保田「Vision」は仮説とも言えますが、デザイン思考は一般的に、仮説を先に立てるのではなく「共感」から始めるものだとされています。でも実は、それこそ新規事業開発のために「まずは先入観なしで現場を見せてください」という取り組み方をした時に、「何をしに来たのだろう?」と思われてしまったり、プロジェクトが停滞してしまうことがあったんです。
そういった失敗を活かして、初めにお話しした介護領域での事業開発では「私たちコニカミノルタは、介護業界がこういう世界になったらいいなと思います」と、具体的なVisionを事業部のリーダーがお話ししたんですね。そうしたら「あの施設を見学してみますか?」と、プロセスがどんどん前に進んでいったんです。だから私たちは、現場に入り込みにくいBtoBであるからこそ、目指すビジョンを初めに共有することが大事なのだと考えています。私たちから先に提示するか、あるいは一緒に作るのかは場合によると思いますけどね。

長田このDeep DivingからCreative Dancingに繋げるまで、その一連を実践するのはデザイナーではなく事業部自らが当事者として実践していくことが理想です。だからこそ「こういうツールがあるんだったら、やってみようかな」という実践の足掛かりになるようなツールの存在がとても大事になってきます。そういった意味で、今回のツールの簡潔さとかわかりやすさというのがとても生きるはずなんですね。

デザイン思考は「必須」ではない。「手段のひとつ」になってほしい。

今回のプロジェクトのアウトプットは、デザイン思考の各アクションが3ステップで示された「カード」と、カードを並べたり記入したりできる「ワークシート」、それらの手引きとなる「ツールガイド」で構成されています。「使われる」ための体験を共創するにあたり、特に大事にしたことはどのような部分でしたか?

佐藤「簡単そうに見える」のはやっぱり大事だなと思いました。学習の心理的ハードルを下げるためにも、ワークシートやツールに掲載するイラストは「覗き込む」「カードを選ぶ」というように、学習者自身の気持ちを投影できる場面にしています。

できるだけ「取っ付きやすく」なるように。どんなトーン&マナーで作っていくか、というのはデザインセンター側からも共有いただいていたので、その土台をもとに内容や文章、イラストについて対話を重ねて調整していきましたね。

佐藤単に「やってみてください」というフォーマットを用意するだけではうまく行かないので、足場がけを細かく作るようにしていました。それぞれ「こんな時に使えるツールです」と利用場面を具体的に例示することで、「今向き合っているこの業務で使えそうだな」とイメージが付きやすくしたりとか。中身も、例えば「どうすれば〜できるだろうか?」という構文に当てはめてチームのビジョンを定める「How Might We」のワークでは「いまの状況」を考察する準備のフェーズから厚くしています。

「How Might We」のツールガイド表紙と、準備のページ。この後に穴埋めのワークシートが続きます。

神谷「構文で考えてみよう」というワークは簡単そうに見えますが、いざ当てはめようとすると意外と難しかったりするんですよね。だからこそ「いまの状況」の捉え方についても6つの方向性と例文を記載しておいたり、穴埋めの枠についても「主語」や「喜ばせたい対象」が例えば誰になるのかまで、具体的に補足を加えています。そんなふうに、ファシリテーターがいなくてもツールガイド自体がファシリテーションするような設計になっているんです。

こういった構文の構成は、コニカミノルタさんの実践知から。状況の捉え方や問いかけの方針などはMIMIGURIの学術知識から。そんなふうに、2社のお互いのあらゆる知識が色々なところで融合し合って生まれたツールだなと思います。

佐藤仮説を出し合って、付箋をたくさん貼って意見交換や対話を重ねて。ある意味では、オンラインホワイトボードで開発し始めた段階から融け合っていましたよね。

神谷このツールは早速、今年度の新入社員研修から活用されていて、とても好評なんです。「面白そう」「使ってみよう」という、最も重要な最初の入り口をクリアするものになっているなと思いますね。2021年に開発していただいたサービスブループリントでは教育研修の後にチームで実践する、というフローが描かれていて、実際の運用もそうなっています。目指す体験や利用場面から常に逆算しながら開発できたのは大きなポイントだったなと。

全体の体験がどうあればいいのか、がすり合っていたから「この場面でこう使われる」という具体的な逆算もしやすかったなと思います。

まさに「Vision」の共有ができていた、と言えるのかもしれませんね。

神谷確かに、そうかもしれないです。

このプロジェクト自体が、コニカミノルタ流デザイン思考の実践になっていたのかもしれませんね。

長田このプロジェクトの「Vision」とも言える体験設計には社内のコミュニティ運営まで組み込まれているので、教育を受けた人なら誰でもツールが使えますし、参加者同士で実践したり情報交換をしたりという機会も生まれやすくなるのではと思っています。現時点で既に、教育を受けた人から「ダウンロードしたい」という声を直接いただいたりと非常に関心が集まっているんですよ。
とはいえ、ツールを活用した研修はまだ始まったばかりなので、今後出てくるであろう課題もいくつか予想しています。

現時点で想定される課題にはどのようなものがありますか?

長田MIMIGURIさんとの開発時にもお互いに認識していた課題なのですが、最もわかりやすいところでは、使用するアプリケーションですね。現状だと、ツールガイドでは全てのツールのワーク環境をMicrosoft PowerPointで統一しています。オンラインの共同作業に適しているアプリケーションは他にもたくさんありますが、まずは見慣れたアプリケーションで始められる方が障壁が下がるだろうという理由から、あえてファーストステップはPowerPointを選んだんです。
そこから慣れていくと「他にも適したアプリケーションがあるのでは」と思う人も増えていくと思うんですね。そうすれば次の段階で他のアプリケーションを展開したりと、少しずつアップデートしていくことができるはずです。もしかしたら、そういったものを自社で開発する道もあるかもしれないですからね。
その他にも、オンラインホワイトボード上で使えるアクティブツールみたいなものを、新しく開発してもよいのかなとも思っていたりして。MIMIGURIさんとは、その辺りもぜひまたご一緒できる機会があったらいいなと思っています。

久保田今回、MIMIGURIさんと開発したツールはデザイン思考を学んだり実践したりという様々な機会を生み出すものだと思いますが、だからといって「デザイン思考を必ず取り入れてください」とも思っていないんですね。デザイン思考は課題の全てを解決するものではないからです。ただ、使える手段の一つとして持っておけると、できることの選択肢も広がると思うんですよね。その状態を全社的に作り上げることは、私たちデザインセンターが目指す一つのゴールでもあります。

デザイン思考の全社的な“インストール”は、今まさに始まったばかりというところですね。最後に、デザインセンターとしての今後の展望をお聞かせください。

久保田まず私たちの現在地からお話しすると、実はこの4月から、自社の全ブランドを集約的に担当するブランディングチームがデザインセンターの中に加わりました。名称も「ヒューマンエクスペリエンスデザインセンター」から「デザインセンター」に変わっています。
これを経済産業省の提唱する「デザイン経営」の定義に照らし合わせて捉えると、「ブランド構築に資するデザイン」と「イノベーションに資するデザイン」の両方がデザインセンターの中に集まっている状況、とも言えます。
コニカミノルタが経営理念として「新しい価値の創造」を掲げているように、私たちは「新しい価値」を創り出し届けることで、人と社会をいつまでも支えていきたいと考えています。その中でも人間中心的なアプローチとなると、やはりデザインセンターのメンバーが長けていると思いますし、これからもその専門性をより高めていきたいんです。

神谷デザイン思考って、ビジネスツールだと認識されてしまうことも多いと思うんですけども、我々のスタンスとしては違っていて。BtoBの製造業として成長し続けてきたコニカミノルタには、これまでモノ中心の思考がありました。でも、今回のデザイン思考ツールやフレームワークは従来のプロダクト開発のためだけに使って欲しいのではなく、モノ中心の思考や態度から人間やバリュー中心へと転換するきっかけとしてもらえたらいいなと思っています。
「コニカミノルタのデザイン思考」のプロセスの中にある「Vision」も、自身の事業の売上だけ上がれば良い、というようなものではなく、より社会に開いた価値をどうやって生み出していけるのかを、皆で一緒に考えながら事業活動をしていきたいですね。

*1 公益財団法人日本デザイン振興会・株式会社三菱総合研究所、「企業経営へのデザイン活用度調査概要」(2020年11月25日発表)、公益財団法人日本デザイン振興会、2022年7月15日閲覧
  • Writer

    田口友紀子