ミミクリデザインが考える「ワークショップのない未来」-安斎利洋氏による"蝕メソッド”を体験する

  • 安斎勇樹

    代表取締役Co-CEO

  • 1985年生まれ。東京都出身。東京大学工学部卒業、東京大学大学院学際情報学府博士課程修了。博士(学際情報学)。研究と実践を架橋させながら、人と組織の創造性を高めるファシリテーションの方法論について研究している。組織イノベーションの知を耕すウェブメディア「CULTIBASE」編集長を務める。主な著書に『問いのデザイン-創造的対話のファシリテーション』(共著・学芸出版社)『リサーチ・ドリブン・イノベーション-「問い」を起点にアイデアを探究する』(共著・翔泳社)『ワークショップデザイン論-創ることで学ぶ』(共著・慶応義塾大学出版会)『協創の場のデザイン-ワークショップで企業と地域が変わる』(藝術学舎)がある。

「創造性の土壌を耕す」をコーポレートスローガンに掲げるミミクリデザインでは、ワークショップデザインや組織レベルのファシリテーションをはじめ、新規事業開発や組織開発に効果的な学術的知見や実践知の探究と、その成果を組織で共有する社内イベントを不定期で実施しています。

こうした活動の一環として、2020年7月3日夜、社内ワークショップ体験会「ワークショップのない未来」を開催しました。ゲストは、自律的なイメージ生成や協創的ワークショップを用いたプロジェクトを数多く主導し、「生成システムの構築」をテーマに活躍するシステムアーティスト・安斎利洋さん。また、安斎(利)さんは、ミミクリデザインCEOの安斎勇樹の父でもあり、また安斎(勇)が講座などでたびたび紹介する「トロルを探せ!」や「カンブリアンゲーム」などの創発的活動の発案者でもあります、

今回のイベントでは、安斎(利)さんからこれまでの活動の概略を簡単にお話いただいたのち、「名前ポイエーシス」「蝕メソッド」といった安斎(利)さんが近年開発し、実践を重ねる方法論をオンラインで体験。最後に交流会も兼ねたディスカッションが行われました。今回はその様子をレポートとしてお伝えしていきます。


■ゲストファシリテーター(敬称略)
安斎利洋
システムアーティスト
1956年東京生まれ。アーティスト、ソフトウェアエンジニア。ペイントシステム、自律的なイメージ生成、協創的ワークショップなど、生成システムの構築に一貫した関心をもっている。2002年にグラフ構造コラボレーション空間〈カンブリアンガーデン〉を開発してからは、その上で作動するポリフォニックな連画表現形式である〈カンブリアンゲーム〉を定期的に仕掛け、現在も継続している。2008年から〈作動する創作システム〉をワークショップデザインとして考えはじめ(システムアート論)、〈触覚的自我〉〈可能人類学〉などをシリーズで展開。また Narigram (2014)など、ワークショップのためのシステム開発を行う。武蔵野美術大学基礎デザイン学科非常勤講師(オートポイエーシス論)。東京経済大学コミュニケーション学部客員教授。


創造性は個人の資質ではなく、“場”に依存する:「バベルの図書館」の世界観

まずは話題提供として、安斎(利)さんのこれまでの活動やキャリアの概略をお話しいただきました。安斎(利)さんは、過去の代表的な取り組みとして、デジタル画像でイメージのリンクを行なう《連画プロジェクト》などを紹介するとともに、システムアート論を専門とする立場から、人間の創造性について以下のように語ります。

安斎(利) 創造性は個人の資質によるものと思われがちですが、多くは『場(place, field)』に依存しています。創発性は環境との相互作用で起きていくもので、作家も孤独に創作を行なっているのではなく、周囲の様々な影響を受けながら創作をしているんだという実感があります。

こうした考えに関連して、アルゼンチン出身の作家、ホルヘ・ルイス・ボルヘスの短編小説「バベルの図書館」の世界観を紹介。この小説で描かれる図書館には、あらゆる文字があらゆる組み合わせで書かれた本が収蔵されており、この場所にはこれまでに書かれたすべての本と、これから書かれるすべての本が収められているそうです。その中には当然現時点では理解不能な文字列の著作も膨大に存在することになりますが、だからこそ、その図書館には、今後世の中に生み出されうるすべての本があらかじめ収蔵されている、と考えることが可能となるそうです。

※イメージ:バベルの図書館の設計(鎌谷潤, 2008)

バベルの図書館の蔵書を見つけることと、新しく本を書くことが同義になるーーこのバベルの図書館の設定を、現実に当てはめてみるとどうなるか、過去の偉人たちの発明と紐付けながら、安斎(利)さんは語ります。曰く、エジソンは蓄音機を発明したのではなく“発見した”と言える。芥川龍之介も『羅生門』を執筆したのではなく、“発見した”と言い換えられる。私たちの創造活動は、自然界に“ある”ものを発見していることなのかもしれない。...そのような論旨から、あらゆる人に拓かれる創造の可能性についてお話を展開していました。

新たな発想に先立つ言語の生成を体感する:「名前ポイエーシス」

「バベルの図書館」は空想上の施設ですが、こうした機能の再現を試みた取り組みとして、安斎(利)さんは「REMEME Wiki」という辞書を作っています。また、今回、そのサブセットとして「名前ポイエーシス」というワークを考案しました。

「名前ポイエーシス」では、空意味発生器(エアシニフィエ・ジェネレーター)という独自のWebシステムを用いて意味を持たないランダムな文字の羅列を生成し、その文字列(=単語)が持つ意味を直感的に考えていきます。

早速、ミミクリデザインの社内でもこのワークを試してみることに。お題は、ランダムに発生する文字列を「何かの製品名」に見立てて、その意味を考えること。社内チャットツール上では、さまざまな意味不明の文字列が語感だけをたよりに新たな意味を持つ言葉として生まれ変わっていく様子が次々に浮かび上がっていました。

10分間のうちに、実に153個の言葉が生まれていました。続いて、安斎(利)さんから「月替わりで架空地域とメニューを入れ替える架空民族料理店チェーン」や、「あらかじめ配布でき、選挙の3年後に実体化する貨幣(公職選挙法の時効)」など、”未来に登場するかもしれない製品の設定”がいくつか与えられ、さきほど挙げた言葉の中に意味が類似するものがないか照合し、言葉の語感と意味が接合する組み合わせを模索するワークへと入っていきました。

安斎(利)さんは、「創造とは、フレームの外側を思考するもの」であると述べるとともに、枠組みありきで思考することに潜むリスクについて、このように語ります。

安斎(利) 製品の名前をつける時、例えば車であれば、車の機能から考え始めることがあります。でも車は単体で存在しているのではなく、車が走る道路がどうなっているかや、今の時勢であれば感染症から身を守れるかどうかなど、”意味のネットワーク”の中に存在していることを忘れてはいけません。つい、論理の網目の中で名前を付けてしまいがちだけれども、実は本当につけるべき名前は論理のネットワークの外にあるんです。

ワークショップのない未来を考える:”蝕メソッド”をめぐる対話

こうした認知的枠組みにとらわれない発想を体験するワークとして、安斎(利)さんが近年考案したのが、”蝕メソッド”と呼ばれる方法です。日蝕を由来とするこの方法は、太陽が対の存在である月の影に隠れて初めてその輪郭をはっきりと認識できるようになるのと同様に、”〇〇のない未来を考える”ことが、逆説的に、〇〇の将来のあり方を想定する上で有効に機能する、という考え方に基づいています。

今回ミミクリデザインでは、「ワークショップのない未来」について考えることになりました。「ワークショップがワークショップと呼べない何かに変化するとしたらそれは何か」「ワークショップに代替する新概念が現れるとしたらそれは何か」といった点について思考をめぐらし、対話を通じて理解を深めていきます。対話は4人1組で15分かけて行われ、例えば、以下のような点について盛んに議論が交わされていました。

携帯電話(ガラケー)が主流でなくなった理由は、携帯電話の機能が完全に内包されたスマートフォンが生まれたから。そうであるなら、ワークショップの機能が完全に内包された“何か”が日常に出てきたら、ワークショップは無くなるのではないか。

トップダウンとボトムアップの間に抑圧があるために、ワークショップで均衡をとることが必要になっている。ありうるかどうかは別にして、ワークショップが不要になる未来とは、抑圧のない世界のことなのかもしれない。

「〇〇がなくなった未来」と同時に、「〇〇がなかった過去」を想像した。自分は昔サッカー部だったが、今はサッカー部の活動がない未来を生きている。このように“有無”の基準を経験に置いた時、“ない過去”と“ある未来”を比べることで、その差分から “今”の輪郭を掴めるのではないか。例えば、パソコンの有無によって人類の経験がどう変容しているかという思考の仕方も面白いかもしれない。

仮にワークショップを「A=Bである」という定義の確立による安定感と安心感に対して違和感を感じ、反発する運動のことだと考えると、ワークショップがない未来のパターンとして、以下が考えられるのではないか。

(1) そう簡単には「A=Bである」と定義・合意されない、理解が揺れ続ける未来
(2) ワークショップを代替する別の「反発運動」が現れる未来(そして、そこに予算が降りる未来)
(3) 容易に意味を一意に定める安定感と安心感を、皆が受容できてしまう未来(むしろそれを楽しめる未来)
(4) 「A=Bである」と定義・合意されてしまった瞬間に、アレルギー反応が起こる未来

さまざまな意見が飛び交う場となりましたが、ほとんどのメンバーが、「ワークショップがなくなったとして、大きな問題ではない」という思いを前提に話しているように見受けられました。ミミクリデザインはあくまで「創造性の土壌を耕す」ための集団であり、その方向性を見失わない限り、いち手法であるワークショップがなくなっても大丈夫だろうと考えているようで、ミミクリデザインらしさが垣間見える対話となりました。

  • Writer

    田口友紀子