なぜMIMIGURIは研究機関になったのか?──“創造性の土壌を耕す経営モデル”の実現と普及に向けた挑戦。
安斎 勇樹
Co-CEO
東南裕美
リサーチャー
東京大学工学部卒業、東京大学大学院学際情報学府博士課程修了。博士(学際情報学)。現在は東京大学大学院 情報学環 特任助教を兼任。博士号取得後、株式会社ミミクリデザイン創業。その後、株式会社DONGURIと経営統合し、株式会社MIMIGURI 代表取締役Co-CEOに就任。経営と研究を往復しながら、人と組織の創造性を高めるファシリテーションの方法論について探究している。主な著書に『問いのデザイン:創造的対話のファシリテーション』、『問いかけの作法:チームの魅力と才能を引き出す技術』、『リサーチ・ドリブン・イノベーション』、『ワークショップデザイン論』などがある。
立教大学大学院21世紀社会デザイン研究科博士前期課程修了。立教大学大学院経営学研究科博士後期課程在籍。人と組織の学習・変容に興味を持ち、組織開発が集団の創造性発揮をもたらすプロセスについて研究を行っている。人と組織の創造性を高める研究知見や実践知を発信するウェブメディア『CULTIBASE』の副編集長を務める。共著に『M&A後の組織・職場づくり入門:「人と組織」にフォーカスした企業合併をいかに進めるか』がある。
2022年3月16日付のプレスリリースにて、MIMIGURIは文科省認定の研究機関*となったことを発表しました。いち企業、それも50名規模のベンチャー企業が本格的な研究活動に取り組むことを宣言したこのニュースは、SNSなどで多くの反響をいただきました。
この度ayatoriでは、新設された研究開発部門の代表研究者である安斎(株式会社MIMIGURI 代表取締役 Co-CEO/東京大学大学院 情報学環 特任助教)と、部門マネージャーを務める東南裕美(株式会社MIMIGURIリサーチャー)による対談を実施。改めて研究機関となった背景や、MIMIGURIとして描くビジョンについて深堀りしました。
*2022月2月をもって文部科学省より科学研究費補助金取扱規定(昭和40年3月30日文部省告示第110号)第2条第4項に規定する「研究機関」として正式に認定。
研究機関となることで組織の内外にもたらされた変化とは?
素朴な疑問なのですが、文部科学省の研究機関に認定*されたことで、企業として何が変わるのでしょうか?
安斎機能的な部分から説明すると、社内のメンバーに研究者番号というものが付与できるようになりました。文部科学省の定義では、この研究者番号を発行された人だけが「研究者」として、科学研究費(以下、科研費)を申請することができます。
現状、研究者番号を取得するもっとも一般的な方法は、大学の教員になることです。博士号を取得し、助教や准教授になるために大学に就職してはじめて、研究者番号をもらうことができます。しかし、今回MIMIGURIが研究機関として認定されたことで、大学に籍を置いていないメンバーも、科研費に申し込むことが可能となりました。これが、MIMIGURIが研究機関になったことで得た機能的なメリットです。
組織にいる全員が研究者になれるということですね。ありがとうございます。他方で、科研費に関しては、「株式会社として収益をあげているのであれば、その資金で研究活動をすればよいのではないか?」という声もSNS上では見られました。
安斎たしかにそうかもしれません。
それでも研究機関になることにこだわったのはなぜだったのでしょうか?
安斎正直に言えば、最初のきっかけは「そっちのほうが組織としてカッコいい」と思ったからですね。
カッコいいから。
安斎衝動。言ってしまえば、「なんとなく」です。
東南いや、その「なんとなく」を言語化していきましょうよ(笑) たしかに最初は「"研究機関”って響き、カッコいいよね。ちょっと目指してみようか」と、衝動的に始まったプロジェクトでした。ただ、その衝動がこうしてかたちになったのには、ちゃんと理由があったと個人的には思っているんです。
MIMIGURIという企業は、2021年3月に2つの会社が合併してできた企業なのですが、その前身となる2つの企業には「メンバーの一人ひとりが独自に探究テーマを持つことを奨励している」という共通点がありました。その姿勢は今でも非常に大切にされていて、1on1などを中心にそれぞれのテーマについて語り合う場が頻繁に設けられています。そのように個人の探究活動を支援する土台があるというのは、株式会社、それも50名規模の企業としてはすごく特徴的な点だと思います。
特に自社事業である「CULTIBASE」は象徴的で、メンバーが探究した知を外向けに発信したり、外部の研究者や実践者を招いて新たな知を紡いだり、知を中心とした探究活動を促進するための場であることをコンセプトに運営を続けてきました。今回、「研究機関にしたい」という衝動が組織の中ですんなり受け入れられて、たくさんのメンバーが積極的に協力してくれたのも、創業期から育んできた知的探究を大事にする文化があったからこそなんじゃないかと思うんですよね。
それまでに培ってきた探究を重んじる文化があったからこそ、ということですね。
東南はい。ただ、これまでは研究や探究活動にどれくらいリソースをかけるのかは個々の裁量に任されていて、そのバランスの取り方に難しさを感じていたメンバーも多かったようにも感じています。なので、今回研究機関として認定されたことで、自分にとって探究がどんな意味を持つのかや、組織や事業とどんなふうに結びつくのかについて、考えやすくなるとよさそうだと個人的には思っています。
この点について、安斎さんはいかがでしょうか?
安斎そうですね。僕や東南さんの場合は、論文を書くという意味での研究活動は以前からやっていたのですが、その活動も組織の中ではどこかインフォーマル(非公式)な活動として受け止められていたように思います。東南さんが話してくれたように探究を重視する文化がMIMIGURIにはありますので、「そういうのも大事だよね」とある種の暗黙の了解はあったのですが、それでもどこか遠巻きに見守られているような、心理的な距離を感じていました。
それが、今回研究機関として認められたことで、これまで非公式に行われた探究・研究活動が、いよいよ公式のものとなった感覚がありますね。研究活動を会社全体でやっていくのだという覚悟と意思を示すことができた。それは組織にとって非常に大きな意義があるんじゃないかと考えています。
東南わかります。これまで暗黙に大事にされてきた文化や、非公式ながらも熱心に取り組まれてきた活動が、組織的な承認を受けたことでより一層促進されているように私も感じています。組織の中で、「この人は研究者だけど、この人は研究者ではない」という垣根がなくなったことで、「全員が探究者であり、研究者なんだ」という認識を組織全体で共有できるようになった感じはしますよね。
安斎特にtoB向けのコンサルティングチームの意識は明らかに変わりましたよね。俺たちも研究をやっていくんだ、みたいな。
詳しく教えてください。
安斎いま研究開発部門では、週に一度、研究者メンバーが集まって各々の研究や今の関心事や、最近読んだ文献などを自由に発表して議論する、「ゼミ」と呼ばれる場を設けています。
そうした中で、試しにそのゼミのzoomのURLを社内で公開して、誰でも自由に参加できるようにしてみたんですよね。すると、思った以上に多くのメンバーが参加しに来てくれたんです。それだけでなく、ゼミの語られた内容に触発されて、自分の探究したいテーマを今までとは違う角度から言語化したり、新しいことを調べ始めたりする動きが見られていました。直近では組織部門のメンバーがこれまでの取り組みを論文化し、学会で発表する動きも始まっていて、正直驚いています。
社外からの反応についてはいかがでしたか?
安斎リリースを出してすぐに、周囲の研究者の方から「共同研究できるってこと?」や「何か一緒にやってみたい!」といった連絡をいただいています。また研究者に限らず、今のクライアントからも、目先の利益を出すためのコンサルティングではなく、より長期で探索的なことを一緒にやっていけるかもしれないと言っていただいているようです。研究機関としてのアイデンティティを発信したことによって、MIMIGURIに対して新たな可能性を感じてもらえているようで、それだけでも研究機関にしてよかったと思いますね。
東南個人的には、「MIMIGURIで研究者として働く」という選択肢を対外的に示せたというのも、大きな意味があるように思います。先ほど研究者番号の話がありましたが、研究者として認められることで、外部の共同研究に参画できるようになるといったケースもあるかと思いますし。
安斎実際、研究の道に進むかビジネスの道に進むか二者択一で悩んでいる人や、すでに大学で研究している方からも興味を持ってもらっていて、今後の採用にも大きく影響しそうだと感じています。
同じ研究機関である大学とMIMIGURIとでは、どのような違いがあるのでしょうか?
安斎MIMIGURIの場合は、株式会社として収益を出しているので、純粋に研究活動に給与をお支払いすることができます。これは大学とは違った我々独自の強みの一つですね。大学は、授業や事務も含めて、大学を運営する業務に対して給与が支払われるシステムになっているので、必ずしも研究活動そのものに対して対価が支払われているわけではないんです。そうした中で、MIMIGURIでは純粋に知的創造活動に対して給与を支払う仕組みを設けていて、今後研究者にとって新しいエコシステムを作っていけそうだというのは、いち研究者としてとても期待しているところです。
とはいえ、すべての研究に対して予算をつけるわけにもいきませんので、その研究を会社としてやっていくことにどんな意義があるのかという説明責任は当然生じます。そういった点では、科研費という選択肢が取れるのは大きいですね。会社としての意義はまだうまく語れないけれども、自分の好奇心や衝動に基づいて探究したいテーマができた時に、科研費という外部の資金を頼ることができる。それは探究の幅の拡大に繋がるんじゃないかと考えています。
組織の知が循環する基盤をつくり、創造性の土壌を耕す経営モデルを確立する
研究機関が掲げるビジョンについて詳しく聞かせてください。プレスリリースでは、今後の研究開発部門の方針として、「組織の創造性の土壌を耕す経営モデルの確立と体系化を目指す」と記載されています。まず、ここで掲げている「経営モデル」とはどのようなものを指しているのでしょうか?
安斎MIMIGURIでは創業当初から、Creative Cultivation Model(CCM)と呼ばれるモデルを提唱しています。
安斎CCMは我々の理念であり、同時に理論的基盤でもあるのですが、現状はまだ発展途上で、コンセプチュアルな見取り図でしかありません。なので、このCCMをアップデートして、経営モデルとして確立させて、社会全体に普及させることを、MIMIGURIではミッションとしています。
これは今回の研究開発部門立ち上げの背景とも重なる話ですが、代表を務める僕や(同じく代表取締役Co-CEOの)ミナベの思想として、人と人との関係性や、知識、学習といった、売上にどう直結するかはっきり説明のつかない「土壌」に対する投資にかなり固執しているところがあります。営利企業として、良い業績を収めて収益を上げることを第一に考えてはいるのですが、その一方で損益計算書やバランスシート以外の企業経営の評価方法を確立したいとも思っているんです。
人と組織のポテンシャルを大事にすることを念頭においたCCMは、思想として共感はされるものの、性善説だと言われてしまうこともよくあります。当たり前のことを言うようですが、経営って、投資をした以上に資産が生まれるから、要は儲かるからやるんですよね。であれば、人の可能性を信じて学習に投資することが経営にとってどんなメリットをもたらすのかを言語化し、組織を運営する方法と理論的裏付けをセットで体系化しなければ、CCMの良さを広めることはできないと考えています。経営モデル化にこだわるのには、そういった背景もありますね。
経営モデル化を目指す中で、研究開発部門はどのような役割を担っているのでしょうか?
安斎経営モデル化にあたっては、野中郁次郎先生の新SECIモデルを参考にしながら、今のところこのような図で整理しています。研究開発部門が主に担うのは右下の領域で、異なる形式知を組み合わせて新たな知識体系を創出する、「連結化」と呼ばれる役割を担っています。
安斎今のMIMIGURIは、研究開発部門のほかに、事業部門として「コンサルティング事業」と「CULTIBASE事業部門」があり、「組織人事・管理部門」がそれらの事業を支えるかたちになっています。コンサルティング部門では名だたる大企業からベンチャー企業まで、複雑な最先端の課題をご相談いただいているので、それに向けて我々も、必死に試行錯誤しながらその都度オーダメイドで解決策を提示しています。またMIMIGURIでは、その過程で醸成された暗黙知や、上手くいった感覚、あるいは上手くいかなかった感覚、新しい発見などを、社内に積極的に開いていくことが推奨されています。そして、それらの社内向けに開かれた知は、CULTIBASEというtoC向けの学習プラットフォームの中で社外に発信されていきます。イベントとしてコンテンツ化したり、外部の実践者や研究者をゲストとの交流を行ったりしながら、相互作用の中で暗黙知を形にしていくイメージですね。
今回新たに設けられた研究開発部門は、そのように実践ベースの知の循環が行われる中で、より汎用的で再現性のある形式知をまとめるための部門として位置づけられています。先ほどのモデル化もそうですし、組織の中の知見を論文や書籍にまとめたりする活動もその一環です。また、今後研究開発部門から新規事業の種も出てくることもあるかもしれません。
研究開発部門が明らかにした形式知がコンサルティング事業部門にナレッジとして還元されることもありそうです。
安斎それが最後のステップですね。MIMIGURIでは、形式化された知が社内に浸透し、メンバーの学習に繋がる仕組みづくりを組織人事・管理部門が担ってくれています。そしてその強固な知的基盤があるからこそ、コンサルティング事業チームも次の案件でのびのびと新しい技を試すことができるのです。
東南上の図のプロセスからは逆行することになってしまうのですが、個人的には研究機関から得られた知見をCULTIBASEで発信していく流れも今後重視していきたい思っています。理論と実践の両方における生煮えの知を、CULTIBASEの会員さんとの相互交流の中で形式知にしていくような動きができるとよいですね。CULTIBASEを一種の実験の場としながら、得られた結果をまた研究開発部門に還元して、書籍や論文などのかたちでアウトプットしていく。今後そういう循環も生み出していけるように感じています。
「組織の創造性の土壌を耕すための知を循環させる」というのは、MIMIGURIという組織がずっと大事にしてきた行動指針の一つです。今回プレスリリースでは今後取り上げる研究テーマをいくつか掲載していますが、それらがCCMという全体の経営モデルをどう支えているのか、全体的な結びつきも常に意識しながら取り組めていけたらと思っています。
「領域」ではなく「思想」で集う研究チームの可能性
プレスリリース内の3名の研究パートナーをはじめとした研究開発部門のメンバーは、たしかに「創造性」という大枠の部分では結びつきながらも、異なる領域・専門性を持つ人たちで構成されているように思います。このあたりについてはいかがでしょうか?
東南たしかに軸足を置く領域は異なるのですが、前提として学際的な領域にいる点は共通しているように思います。その上で、異なる分野からのフィードバックによって自身の考察や持論を研いでいける場になっていますし、今後もさらなるシナジーが生まれる予感をすごく感じていますね。
安斎大学にも学際的な領域を扱う研究室はありますが、大学の場合は、「専門領域」が共同体の中心にあるんですよね。その領域に関心を持った、異なる方法論や専門性、対象の人たちが集まって、多様性を構成しています。
他方で我々の場合は、共同体の中心にあるのはCCMという思想なんです。人と組織のポテンシャルを生かして、創造的な組織を創っていくことが良いことだというCCMの思想に共感し、さまざまなアプローチで実現しようとする人たちが集まって、多様性が構成されているんですよね。
経営理念に共感した研究者たちが集まっているというのは、すごく重要なポイントです。それぞれの研究が根っこで大事にしているものや、明らかにしようとしていることに理解と共感を示しながらも、多様性を保つことが大事なのではないかと思っています。
最後に今後の展望について伺いたいと思います。今後どのような研究に着手したいと考えていますか?
安斎そうですね.......。今いるメンバーが、どちらかというとリーダーシップ論、学習論など、個人やチームの創造性に繋がるテーマに強いメンバーが集まっているので、たとえばイノベーション論や組織行動論、経営組織論といった、経営学領域の研究者とのコラボレーションを増やして、経営モデルの確立に向けた研究をさらに推進したいという思いはありますね。
東南そうですね。組織レイヤー寄りの研究を増やしていけると面白そうですよね。
安斎あとは、僕個人の話になっちゃうんですけど、『問いのデザイン』と『問いかけの作法』と2冊本を出せたので、今後は問いの研究については一旦距離を置きたいかなと思っています。それよりも、MIMIGURIが大切にしている遊び心とか、組織の創造性に遊びの要素がどう関わってくるのかとか、そういった観点について考えていきたいですね。
(2022年6月現在)研究職の採用ページもオープンしています。今後、どのような研究者の方に関わってもらいたいと考えていますか?
安斎やはり学術研究と実務としての経営がどうすればより良い関係性を築いていけるのかについては、これからも考えていきたいと思っています。そういう点では、研究と経営を繋ぐ俯瞰的な視点を持っている方と一緒に活動したいですね。
ありがとうございました。
Writer
水波洸
創造的な組織と事業を創りだします
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