国境を越えて、未来の地球に想いを馳せる。APBONと作り出した、アジアを見つめる生物多様性の対話の場。

Point

  1. クライアントの専門性に由来する独自の感覚と思考様式を捉えたプロジェクト設計。
  2. 異なる言語においても重要な意味が宿り続けるよう、3つの専門性による翻訳監修を実施。
  3. オフラインとオンラインのハイブリッド対話を設計することで、国境を超えた研究者同士の対話の場を構築した。

「今の社会は、多様性を“受け入れよう”と様々な工夫をしている。でも、生物の視点でみると、多様性って“見つけていく”ものなんだよね」

APBONのワークショップをプロトタイプしているときに、プロジェクトオーナーの田幡がつぶやいた。

APBONは、”エーピーボン”と読む。Asia Pacific Biodiversity Observation Networkの略で、アジア太平洋生物多様性観測ネットワークを意味し、生物観測関連の研究者・行政・NGOのコミュニティとして、多くのディスカッションや研究発表、情報共有が行われている。

かつてコロナ禍により、世界では多くのイベントがオンライン実施に置き換えられた。APBONもまた同様であったが、「コロナ前にあったAPBONの良さを体現する場にできていないのではないか」という課題があったという。

オンライン・オフライン混合のハイブリッド型イベントで対話的な時間を生み出し、APBONの良さを、体感してもらえるようなワークショップを考えられないか──これが今回、APBONとMIMIGURIが向き合ったプロジェクトだった。

APBONは、アジア各国から参加者が集まる。日本、中国、フィリピン、香港、ネパール、インドネシア、カンボジア、マレーシア……文化的前提の異なるこれらの国々が一同に、それもハイブリッドな手法で会するには、どのような場であることが理想なのか。APBONには、多様な参加方法を用意するだけでなく、国境や言語を超えて相互触発や相互理解が深まるような対話的な時間を生み出したいとの願いがあった。

APBONの“良さ”とは何か?

プロジェクトを担当したMIMIGURIチームは、プロジェクトオーナーの田幡、ワークショッププランナーの夏川、そして語学に精通しているパートナー雨宮であった。

記事冒頭で触れた、田幡による「多様性は“見つけていく”ものである」という語り。​​生物多様性の未来を見据えて、アジア各国が集う今回のプロジェクトは、APBONとMIMIGURIが、共に「多様性」のあり方に向き合った歩みだとも言える。

田幡は自らが歩んできた生物学領域の知識を用いながら「多様性は、前提としてもう存在している。生物の新種を発見する上では、いかに違いを見出していくのかが重要なのでは」と語る。「だから、APBONさんのワークショップをつくるときも、その思考をもってプロトタイプしてみるといいんじゃないかな」──プロジェクトの場づくりは、田幡のそんなまなざしを、夏川が受け取るところから始まった。

APBONからも賛同されたこのまなざしについて、田幡は「自分は生物学領域において学部卒であり、APBONほどの専門性には至らない」とした上で、「クライアントの専門性に由来する“感覚”と“思考様式”を捉えた上でプロジェクト設計を行うことが重要だった」と振り返る。田幡自身のバックグラウンドが“手がかりのひとつ”としてワークした場面であったが、クライアントごとに異なる非言語感覚を捉え、本質を見出そうとする姿勢がわかりやすく表出したプロジェクトであったとも言える。

この「違いを見出す」まなざしを以て、MIMIGURIはまず、APBON運営チームと共にAPBONの”良さ”とはなにかの言語化を試みた。

田幡は「今回の最低限の達成ラインは、『良いワークショップができて、参加者も喜んでくれている』ことです。でも、理想の達成ラインとして、さらに以下の情報が埋まっている状態を目指したいと思います」と、問いを提示した。

・そもそも、APBONの存在意義とは?
APBONの会合が大事にすべき”良さ”とは? =APBONが存在意義を果たす源泉・原動力となっているものは?
APBON外(社会とAPBONの間)に存在している期待や価値は? →APBON内にある理想や目的意識とのGAPは? →上記を阻害する”あるある”な課題は?
上記の課題を解決したり、良さをより実現するためのポイントやTipsは?

ここで、APBONの“良さ”を言語化しておけば、MIMIGURIが関わる今回のワークショップだけでなく、今後APBONのみで運営するイベントにおいても、同じく”良さ”が体現される時間を生み出せる。そんな思いから、MIMIGURIはまだ言語化しきれていなかったAPBONの良さについて対話し、今後のイベントにおいてどのような視点を大事にしていきたいのかを、5つの形にまとめていった。

【APBONの良さ】
①APBONは「心理的安全性が高い状態で話せる場」であることにこだわる
②APBONは「研究活動に役立つ“情報交換”ができる場」であることにこだわる
③APBONは「研究者としての“越境的な学び”が得られる場」であることにこだわる
④APBONは「研究者一人人りがその根底・背後に持つこだわりや想いに触れ、互いに触発が起きる場」であることにこだわる
⑤APBONは「多様さを積極的に見出し楽しめる場」であることにこだわる

夏川は、5つあるAPBONの良さの中から、特に④を体感できる機会を生み出すことをAPBONと合意しながらプランを練っていった。肝となったのは、ワークショップの事前課題として制作した「研究のきっかけアルバム」だった。

3つの専門性による翻訳監修で、ワークシートに確かな意味を宿す。

そのアルバムには、参加者が研究を始めた原体験となる「写真」や「もの」が集まり、合わせて理由が綴られていった。研究の内発的動機が「アルバムの1ページ」として共有され語られていくことで、生物多様性観測という同じテーマを持つ参加者同士が、それぞれに異なる「個」を分かち合う場となることを目指したのだった。

アジア各国から参加者が集まるこのワークショップの開発において最も重要なのは、他の何でもない翻訳だった。例えば「手軽に生物多様性や自然環境の状態が報じられる」という文章において、「手軽に」は「Commonly(普通に、頻繁に)」なのか、それとも「Regularly(定期的に、通例では)」なのか? 込めた意味が翻訳の過程で失われる“ロスト・イン・トランスレーション”が起きないよう、MIMIGURIは「ネイティブな表現」と「対話を促すファシリテーション」、「APBONらしさ」という3つの専門的な観点で翻訳を実施。異なる言語においても、ワークシートに重要な意味が宿り続けるように雨宮と夏川が監修した。言葉が有する曖昧さに向き合うこの「翻訳」の過程は、対話の場で伝えたい意味の、より確かな核を探り出していく営みでもあった。

研究者同士の動機をわかりあうことで生まれる、新しい地球とは。

こうして、ワークショップは国境を超えて、研究成果だけではなく、研究動機でつながる機会となり、続いてAPBONで生み出したい「地球の生態系の姿」の可視化へと移っていった。
分かち合った動機を土台に、「2050年、APBONを通して実現したい理想の世界で起きていること」をチームで共創した。
ワークの最後には、チームごとにつくられた世界が繋がり、2050年に生み出したい1つの大きな世界となった。

それぞれのチームが描いた世界で起きていることを、オンライン・オフラインの参加者がハイブリットに交わりながら、一緒に旅をするかのように見つめ合い、意見を交換した今回のプログラム。この成果は2023年6月、「The summary of APBON workshop and seminar : FY 2022, at Fukuoka and online」というタイトルで、国立環境研究所 研究成果リポジトリにて、レポートとして英文でパブリッシュされた。

APBON運営チームは、今回のプログラムで生まれたこれらの世界をひとつの目印にしながら、活動計画をたて、研究や対話をしていきたいと語る。
世界の多様な可能性を見据えながら、今回改めて見出されたAPBONの”良さ”。これらが今後、同組織が営むイベントにおいても、柱として引き続き意識され、APBONならではの交流機会が生まれていくことを、MIMIGURIは願ってやまない。

(執筆協力:夏川 真里奈/編集:田口友紀子)

  • Project Owner

    田幡 祐斤

  • Project Manager & Workshop Planner

    夏川 真里奈

  • Translator & Facilitator

    雨宮 澪 / Miwo Amemiya