「業種自体が存在しない」新規の事業開発──脱炭素経営支援の第一人者ゼロボードに聞く、未開領域を切り拓いた歩み。
濱脇賢一
コンサルタント
筑波大学理工学数学類卒。大学在学中よりコンサルタントとして独立し、創業支援や事業計画の立案、広告戦略立案や地域ブランディングに従事する。また、長期でのBPRによる業務改善、中期での経営企画部・営業部へのハンズオンコンサルティングも経験。2018年より前身であるDONGURIに入社。現在、MIMIGURIにおけるコンサルティング事業の事業長を務め、経営コンサルティングや組織デザイン・ブランド戦略の策定などのプロジェクトオーナーも努め、幅広く企業・組織・事業の成長に伴走する。
<プロフィール(敬称略)>
渡慶次 道隆(Michitaka Tokeiji)
代表取締役
JPMorganにて債券・デリバティブ事業に携わったのち、三井物産に転職。コモディティデリバティブや、エネルギー x ICT関連の事業投資・新規事業の立ち上げに従事。欧州でのVPP実証実験の組成や、業務用空調Subscription Serviceの立ち上げをリードした後、A.L.I. Technologiesに移籍。電力トレーサビリティシステムや、国プロ向けの環境価値取引システムの構築を始めとした多くのエネルギー関連事業を組成。脱炭素社会へと向かうグローバルトレンドを受け、企業向けのCO2排出量算出クラウドサービス「zeroboard」の開発を進める。2021年9月、同事業をMBOし株式会社ゼロボードとしての事業を開始。東京大学工学部卒。
本間 真(Shin Homma)
開発本部長 兼 プロダクトマネージャー
早稲田大学理工学部機械工学科、環境・エネルギー専攻修了。アクセンチュア株式会社で経営戦略コンサルタントに従事したのち、スタートアップのA.L.I. Technologiesにソフトウェア・サービス関連の新規事業開発として参画。その後、同社内でエナジーソリューション本部を立ち上げ、zeroboard事業を開始。株式会社ゼロボードに転籍し、zeroboard事業の開発本部長とプロダクトマネージャーを務める。
星野晃(Akira Hoshino)
マーケティングマネージャー
CO2などに代表されるGHG(Greenhouse Gas:温室効果ガスの略称)の排出を地球全体でゼロにする、カーボンニュートラル(脱炭素)の取り組み。国際社会では1990年代から、世界での温室効果ガス排出量削減の実現に向けて、精力的な議論が行われてきました。
2015年にはパリで開かれた「国連気候変動枠組条約締約国会議(通称、COP)」にて、温室効果ガスの削減に取り組む枠組みとしてパリ協定が合意され、日本も批准手続きを経て、パリ協定の締結国となりました。全ての国が約束する枠組みが合意されたのは歴史上としても初のことであり、世界各国の取り組みに注目が集まっています。
日本においては2020年10月、政府が2050年までに脱炭素社会の実現を目指すことを宣言。2021年10月には地球温暖化対策計画が閣議決定され、2022年4月には、東京証券取引所の市場再編で実質最上位となる「プライム市場」の上場企業において、GHGの排出量の算定と開示が義務化されました。この流れを受け、様々な企業組織においてGHG排出量算出ツールの導入や検討が急速に進んでいます。日本でいち早くこのGHG排出量算出のサービスを開始したのが、株式会社ゼロボード(以下、ゼロボード)でした。
ゼロボードが提供するGHG排出量算定・可視化クラウドサービス「zeroboard」は、2021年3月に事業開始が発表され、同年7月からベータ版を、2022年1月からプロダクト版のサービス提供を開始。ゼロボード 代表取締役の渡慶次 道隆さんは、日本においては経済産業省のカーボンフットプリント算定・検証等に関する有職者会議に参画し、ルールメイキングにも寄与しています。
ゼロボードは「グローバルな脱炭素経営パートナーとなる」ことを目指し、将来的なアジア全土における支援に向け、2022年8月からはタイへの事業展開を開始。事業スタート当初から名実ともにリーディングカンパニーであり続けているゼロボードですが、この事業に着手した当時を、渡慶次さんは「業種自体が存在せず、競合すら1社もいない状況。産みの苦しみもあった」と振り返ります。
グローバルな社会課題に向き合う、この未開の事業領域をどのように切り拓いていったのか。そのはじまりを、事業開発およびブランディングにおいてパートナーとして伴走した株式会社MIMIGURI(以下、MIMIGURI)との取り組みとともに聞きました。
「市場に認知がなく、ニーズすら見えない」未開の事業において、いかに意義を提示するか。
ゼロボードは、企業活動により排出されるGHGを算定するサービスを展開しています。CO2という目に見えないものを測定する、この事業領域は、他と比較するとどのような点に特色があるのでしょうか。
渡慶次気候変動という社会課題の解決に繋がるソフトウェアであり、社会性が高い事業であることが一つの特徴です。算定したCO2排出量は銀行や取引先に報告をする必要がありますので、関係する機関や組織が多いほどサービスとしての利便性が高まります。そういう意味では、データ連携によるネットワーク効果がサービス品質に大きく影響することもユニークな点だと思いますね。
GHG排出量サービスは今でこそ一般化しつつありますが、渡慶次さんは以前に「各国で急速にルール整備が進んだことで巨大な市場がいきなり生まれた」と語っています(DIAMOND SIGNAL/2021年11月)。急激にニーズが高まる中でいち早く事業をスタートさせた先行企業として「産みの苦しみもあった」(JP STARTUPS/2022年4月)と語られています。
渡慶次我々が事業開発に着手したのは2020年の末頃でしたが、当時は競合どころか、業種自体が存在しませんでした。類似サービスも全く無い中で先頭を走らなければならない状況で、プライム市場における開示の義務化が決まったのも2021年の春。実施されたのも2022年の4月、というタイムラインになります。
事業開発の経緯を振り返ると、もともとは私自身、株式会社A.L.I. Technologies(以下、A.L.I.)に在籍しており、その新規事業として「zeroboard事業」が始まった形でした。2021年9月にMBO(マネジメント・バイアウト)を実施し事業譲渡を受け、株式会社ゼロボードとして運営を開始した形になります。
本間私はサービス開発を担当しているので、その観点で回答すると「ニーズが見えない」ことの難しさはやはり大きかったですね。どういう方が顧客になっていくのか、どういう使われ方をされていくのかを先読みをする必要がありました。
星野もちろん市場認知も無い状態だったので、「何がメリットなのか」「どういうことができるのか」ということすら、全くイメージが湧かない方が大半でした。そのため「こういうことが将来起こるだろう」「だから、きっとこういうことが必要になるだろう」という、未来のまたその先まで語っていく必要がありました。私たち側が深く知識を持ち、高い専門性でその意義を提示する必要があったんですね。渡慶次を筆頭に、サービスや世界観でそれを提示し続けてきたからこそ、現在も業界に先駆ける形で新たなサービスを提供できているのだと思います。
今や、後続の企業が次々に類似サービスの展開を始めています。zeroboardならではの強みを教えてください。
渡慶次差別化ポイントの1つ目は、ソリューションプロバイダとのパートナーシップの多さです。というのも、このカーボンニュートラルの取り組みというのは、一社でやり遂げるのは難しいんですね。我々はCO2排出の算定と可視化までは提供していますが、カーボンニュートラルの目標は、あくまでも「削減する」ところまでです。例えば商社や電力会社など、その削減のためのソリューションを提供するプロバイダ企業は世の中にたくさんあるので、そういった方々とのパートナーシップを結んだエコシステムを構築し、プラットフォームとなる事業を目指しています。パートナーを多角的に拡大できているのは、我々自身は削減ソリューションを持たず、プラットフォーマーに徹しているからなんですね。そうでないと、肩を組みたいはずのプロバイダ企業と競合してしまいますからね。
カーボンニュートラルの経営パートナーとして可視化から削減ソリューションまでを、各業界を代表する大手パートナーと共に一気通貫で提供する。これは事業モデルとしても新しいと思いますね。
2つ目は、サプライチェーン可視化のため、組織単位だけでなく、製品やサービス単位でもGHG(Greenhouse Gas:温室効果ガス)の排出量を算定・管理できること。物流や建設など、サプライチェーンが複雑で、算出の難易度の高い業界にも対応するため、建設・物流・化学製品などの業界に特化したCO2算定でも、ありがたいことに高評価をいただいています。
3つ目は、ソフトウェアだけでなく、専門性の高いコンサルティングの両輪でサービスを提供していることです。ゼロボードでは、LCA研究 ※1 やESG ※2 の業界第一人者の方を顧問として迎えています。
※1 LCA…Life Cycle Assessmentの略。原料採掘から廃棄まで、全体の環境負荷を数値化し、定量的に評価する手法
※2 ESG …環境(Environment)、社会(Social)、ガバナンス(Governance)の頭文字から作られた言葉。非財務情報でありながら、企業に投資する際に活用される評価基準。
コンサルティングの具体例を挙げると、義務化により企業が今求められているのは、CO2算定と共に財務諸表を作って開示していくことなんですね。ゼロボードは財務会計の専門家やコンサルタントを約20名ほど抱えているので、その算定のご支援まで提供しています。この規模はコンサルティングファームを含めても国内最大規模と自負しています。
業界の第一人者として未開の事業領域を切り拓き、リーディングカンパニーであり続けるのは、やはりその先見性があってこそと思います。着手したのが2020年の末頃というお話がありましたが、「zeroboard」ベータ版の提供が開始したのは2021年7月と考えると、約半年間というかなりのハイスピードで開発が行われていますね。
本間サービス開発のタイムラインとしては、具体的な構想を2021年の頭に作り、同年7月にベータ版をローンチしていますが、その間の3月に一度、展示会でサービスを発表しています。その展示会やプレスリリースで使うビジュアルやサービス画面を開発するというのを1つのマイルストーンとしながら、サービス自体の開発を進めていったという形でしたね。そのパートナーとして、プロジェクトを依頼していたのがMIMIGURIでした。
zeroboardの事業開発やプロダクト開発について、MIMIGURIにはどのように依頼があったのでしょうか。
濱脇相談をいただいた当時はまだMIMIGURIの合併前、旧DONGURIの頃でした。ゼロボードの前身であるA.L.I.さんとは、もともと別の事業でご一緒していた経緯もあったので、星野さんから直接お電話でご連絡をいただいたんですよね。確か2020年の暮れ頃、「実はこんな事業を考えてるんですけど」とお話をいただいて。ピッチ資料なども共有いただいて詳しくお話をお聞きするうちに、これはすごい事業だな、と直感的に思ったんですね。
サービスが活用されていく具体例や事例のリサーチなども既に行われていて、事業内容への解像度がその時点でとても高くて。カーボンニュートラルが今後間違いなく来るであろうことを、確信しているのだなというのが伝わってきました。同時に、この提供価値が市場に伝わるかどうかで言うと不確実性が高い、ともおっしゃっていたのを覚えています。市場の認知が醸成されていない当時の状況を踏まえると、伝え方が課題になるのだろう、というお話をさせていただいた記憶がありますね。だからこそ、クリエイティブのアウトプットが有用だろうなとも思いました。
ゼロボードは、なぜMIMIGURIに依頼したのでしょうか?
星野濱脇さんが今お話ししていたように、もともと別の事業をご一緒していたこともあって、「あのチームにお願いしよう」とすぐさま思ったんですね。後にzeroboardの事業でもご一緒することになったアートディレクターの五味利浩さんと仕事をする中で、そのアーティスト感覚もよく知っていましたし、信頼もしていました。他社も調べたりはしたんですけど、「やっぱりDONGURI(現 MIMIGURI)なんじゃないか」ってなったんです。
本間プロジェクトをご一緒した時、五味さんたちの表現力というか、我々がやろうとしていることを口頭で聞いて、その世界観を二次元の絵にしたり、ロゴにしたりというアウトプットの精度の高さがすごく印象深かったんです。次にやるzeroboardは全然違う事業ではあったんですけど、目指す世界観をよい形で世に発信するブランディングを行なってくれるだろうという期待がありました。
星野加えて、ソリューションのUIも一緒に作っていただきたかったんですよ。DONGURI(現 MIMIGURI)なら、ブランディングもサービス開発も総合的にお任せできるっていうことも重要だったかなと思いますね。
先ほど、3月の展示会が1つのマイルストーンだったというお話がありました。この展示会に向けて、プロジェクトはどのような始まり方をしていったのでしょうか。
濱脇プロダクトとして間違いなく伸びるだろうなというイメージがありましたし、BtoBの展示会をテストマーケティングの機会として捉えていくご意向もあったので、「伝わるような伝え方を工夫しよう」「反響を得られる場にしよう」というのを目指していました。アウトプットとしては、プロダクトの世界観を象徴するVIやロゴ、サービスのUIやWebサイトになるのですが、MIMIGURIの社内でも「何が伝われば良いのか」というところから議論を重ねていきましたね。
市場認知が醸成されていない以上は、プロダクトの機能や技術にフォーカスしたコミュニケーションよりも、社会課題や事業ニーズが第三者により印象醸成されていくPR活動の相性が良いだろう、というのはゼロボードさんともよくお話ししていて。なので、プロダクトが目指す世界観を深く知るために、最初は渡慶次さんにインタビューをさせてくださいというところからお願いしました。
その時、渡慶次さんにGHGに関する課題のお話をいろいろと伺ったわけですが、例えば海面上昇などへの影響を語る際に、「子どもたちの未来のためにも、絶対に取り組まなければならない課題だ」と強くおっしゃっていたんですね。それを聞いた時に、「ああ、zeroboardの事業は間違いなくスケールしていくだろうな」と改めて確信を抱きました。
星野このまま地球温暖化が進んだら、未来の子どもたちはスキーできなくなっちゃうね、とか。未来の子どもたちの世代に、私たちが何を残せるだろうとか。そんなお話もしましたよね。
濱脇そうでしたね。そういった未来へのまなざしに加えて、渡慶次さんご自身のキャラクターもよいな、と思ったんですよね。
というのも、僕自身が様々な企業をコンサルティングをさせていただく際には「この事業はどうスケールしていくだろうか」ということを必ず考えるんですが、その大きなファクターとして「誰が行う事業なのか」というものが存在すると思うんです。いかに優れた事業計画であっても、その事業の先にある未来や世界観を説得力をもって語っていける方でないと、スケールが難しい、という条件があるんですね。
「世のため人のため」の理想図を描きながらも実現難易度の高いこの事業領域において、決して絵空事にはしないケイパビリティと想いをお持ちであることがはっきり伝わってくるというか。ビジネスロジックに強く、エネルギー系のキャリアもお持ちなので、GHG算出の事業領域においては「一丁目一番地」と言っても過言ではないほど詳しい方ですからね。ブランディングにおいては、それも伝えたいところの一つでした。僕が言うのも少しおこがましいのですが、zeroboardという事業に渡慶次さんという人がピタッとはまった感覚があり、「あとはもう、誰にどう伝えるかを考えればいいだけだな」となったのを覚えていますね。それはそのままクリエイティブを開発するための要件定義として、社内で議論を進めていきました。
未開の事業領域において伝えるべきは、プロダクトの技術ではなく「使われている世界」。
「誰にどう伝えるか」は、どのように検討していったのでしょうか。
渡慶次zeroboardのターゲットは、もちろん全企業が対象にはなるんです。その上で、市場における認知の状況を踏まえると、まったく初めて挑戦されるような企業の方でも導入しやすいような「とっつきやすさ」は出したい、というお話をしていた感じでしたね。
濱脇コアターゲットが誰になるのかは、プロダクトにおけるセールスマーケティングと、業界や市場において認知を獲得するためのポジショニングの2つの観点から検討する必要がありました。
想定ターゲットの具体例を挙げると、電力消費量の可視化を既に実施している地方行政だったり、スマートシティを実現させようとしている市区町村だったり。あるいは、他業種と比べても早くに可視化が義務化されていくであろう企業の可能性もありました。プロダクトのスケールに伴ってコアターゲットが変化していく可能性もあるので、ローンチから数年後までのタイムラインを想定しながら、適切なターゲットを検討していきましたね。
最初に導入が進んで事業をスケールさせていくフェーズでは、興味をお持ちいただくのはアーリーアダプター層の可能性が高い、というのは当初のお話にもあって。そのため最終的には、セグメントを細かく切るようなことはせずに、間口を広く、親しみやすいライトなトーンでVI(ビジュアル・アイデンティティ)を構築していきました。
本間初期の頃はコンシューマ向けのプロダクト展開も想定していたので、その場合のコミュニケーションがどうなるかというお話も少ししていましたよね。ちょうど2021年の3月頃まででしょうか。その後、すぐに企業向けの事業としてピボットしたという経緯もありました。
どのような経緯でピボットが起きたのでしょうか。
渡慶次もともとの着想としては、生活者の身の回りの生活で起こるCO2排出量をオフセットできるサービスを展開しようとしていたんですね。例えばタクシーに乗ったとか、ECサイトで買い物をしたとか。そうしたときに、乗車や宅配から発生するCO2排出量を個人でオフセットできる、というようなものです。それを事業者側に提供することで、生活者が消費行動をする際に、オフセットするか否かのオプションを生むようなビジネスモデルでした。
ところが、事業者側にこういったアイデアをお伝えすると「それ以前に、自分たちがどれだけCO2を排出しているかを認識できていない」という声をいただいたんです。まずその企業課題に寄り添いたいという思いから、CO2排出量を企業向けに可視化するサービスを作ったらどうだろうと思い至ったんです。
ピボットにあたり、戦略や事業計画も変化があったと思うのですが、ブランディングのコミュニケーションには何か変更はあったのでしょうか。
渡慶次特に何かを変えることはしていないですね。BtoCであってもBtoBであっても、対象が異なるだけで、zeroboardが目指している世界観は共通していました。
濱脇MIMIGURI側の視点で振り返ると、ブランドの世界観を構築していく際に、間接的に影響した部分はあるように思いますね。カーボンニュートラルに積極的に取り組むことにより、「産業に見直しや変化が起きる」「地球環境が改善される」など色々な未来が生まれていくと思うんですけど、スケールが大きい分、一個人から見るとリアリティに欠けてしまう部分があると思うんです。そういう意味で、「タクシーに乗ったら」「ECサイトで買い物をしたら」という身近に生まれる変化を開発の早い段階で想像できていたのは、とても良かったように思います。その情報があったからこそ、ビジュアライズにおいても抽象性と具体性のバランスが取りやすかった、というのはあると思いますね。
ビジュアライズにあたっては、イラストレーションでzeroboardの世界観を伝える映像も開発されていますね。
星野はい。繰り返しにはなりますが、ゼロボードが展開するサービスは、開発当初はそもそも業種自体がまだ存在しませんでした。つまり、私自身も初めて聞いたものだったので「これから勉強していかないと」っていう状態だったんです。全く新しいことを学んでいく中で、自分の理解や皆さんにお伝えしている知識がはたして本当に正しいのだろうかと、もちろん信頼性のある情報源からしっかり学んでいるので、正しいはずなんですが、心のどこかに説明のつかない小さな不安がありました。
星野でも映像を観た瞬間、「これでいいんだ」と不安が消えたのを覚えています。CO2の排出量に向き合うことは私たち人間にとってとても大切なことだとか、企業活動において私たちビジネスパーソンはどんなことに着眼していけばいいのか、とか。そういったメッセージや目指す世界観をストレートに訴求できたなと思えて、感慨深かったです。もちろん音楽や演出、すべてが組み合わさって尚更そう感じられたのだと思いますが。
濱脇確かに当時、星野さんが「説明しようとすればするほど難しくなってしまう」とおっしゃっていたのを覚えています。法律すら整備され始めたばかりな時期なので、法律や算出方法などの技術の話になってしまいがちだというのがあって。“正確”な説明を目指そうとすると、どうしても難しいですよね、というお話をよくしていた印象があります。
改めて映像を見ても、専門的な説明は含まれていないですね。タクシーや飛行機、工場など、私たちの生活や産業の身近な場面を描くところから始まっています。
濱脇人間はもちろん、自然界も車も、日常的に使うアプリケーションにしても。それらの活動のそれぞれにzeroboardが加わり、生み出すCO2を見える化していくという世界観をローコンテクストに表現したことにより、直感的に伝えられるものにできたかなと思います。カーボンニュートラルという、世界とか国家レベルで取り組まれている課題に組織が取り組み、やがてサプライチェーンに行き渡って。そして消費する一個人にも浸透して、気軽に取り組めるものになっていく。それがzeroboardが最終的に目指す世界だと思ったので、機能やプロダクト、算定技術の具体的な説明にするのではなく、それが実現し使われていく世の中のイメージを描くことはとても大事にしていました。
地球環境という規模の大きな課題に対して「何から始めていいかわからないですよね?」と呼びかける、個人の心理に寄り添うナレーションも印象的です。「使われている世の中」が描かれていることで、映像を見る側も置き換えやすく、その世界を身近に感じやすくなりますね。
濱脇それこそ展示会にいらっしゃる担当者の方にも、一当事者として置き換えていただきやすくなりますからね。ビジュアルデザインの面で、すごく重要なファクターだったように思います。
「とっつきやすく」も、プロフェショナルのニーズに対応するプロダクトを。
zeroboardはソフトウェアとコンサルティングの両輪でサービスを提供していますが、ソフトウェアとしては、どのような顧客体験をめざしてサービス開発を進めていったのでしょうか。
本間冒頭で渡慶次から「全企業がターゲット」というお話をさせていただいたように、企業規模も大中小と多岐にわたりますし、ユーザーとしても管理者や入力者など、幅広い属性の人が使うことを想定して開発していきました。この幅広さこそ難しいポイントでもあるのですが、やはり誰にとっても未知の領域であるからこそ、「とっつきやすさ」「使いやすさ」は重視していました。
だからと言って初心者向けに限定するものではなく、目指したのはプロフェッショナルのニーズに対応するプロダクトです。導入や市場認知が進むとともにユーザーの知見もどんどん増えて、ニーズも高度化していくので、機能を進化させていきながらも、使いやすさを維持し続けるようにしています。
濱脇「とっつきやすさがある」ことと「プロフェッショナルのニーズに対応する」ことは一見相反するようですが、ユーザーが接する機能を段階で分けることで実現しています。複雑な機能であってもいかにシンプルでわかりやすいUIで作るかというのを、カスタマージャーニーマップを作った上で、検討していきましたね。
使いやすさのために、どんな点に注力したのでしょうか。
本間プロダクトの入り口となる最初の入力を特にわかりやすく設計しています。導入ステップを明示したり、導線を迷わせないなどですね。例えば、算定に必要な入力項目は業種により異なるのですが、最初にユーザーが事業内容を設定するだけで、項目が絞られるようになっています。他にも、生産量や使用量など企業の活動量を入力するだけで自動算定する機能も備わっています。
そして2021年3月、zeroboardの事業が展示会でお披露目になったわけですが、その時の反響や感触はいかがでしたか。
渡慶次展示会初日、zeroboardの事業が日経新聞電子版で紹介されました。情報としては、サービス概要とベータ版が7月から開始すると言うこと、そして本日から展示会に出展している、という内容だったんですけれども。それを見て来場される方が多かったですね。熱量としては、大手企業が対応や検討を始めているくらいの頃ではあったので、「サステイナビリティの担当者に伝えておくよ」というくらいで、排出量を算定する必要があることすらご存じない方が多い状況でした。
それでも、zeroboardのようなサービスが出たことで、「そういうビジネスモデルがあるんですね」「非常に新しいですね」というような声をいただいたのは印象的でしたね。「触ってみたい」と興味を示してくださる方もいらっしゃいました。
その頃の市場認知は「よくわからない」「難しそう」というような段階だったと思うのですが、「触ってみたい」という声があったのは、事業としても良いスタートでもあったのだろうなと思います。
渡慶次非常にありがたかったですね。とはいえ、タイムラインとしてはその後の2021年の秋にプライム市場での義務化が決定した流れになるので、その展示会の後に市場認知もニーズも急激に勢いを増してきた形だったんです。3月と9月では全く反響が違っていて、9月は完全に「人だかり」。展示会全体を見ても1、2を争うくらいの来場があったブースだったのではないかと思います。
濱脇展示会で反響を獲得することはマイルストーンの1つだったので、立ち止まる方が多かったとか、お問い合わせが発生したというご報告をいただいて、事業の立ち上げの何か一助になれたかなと、僕たちとしても嬉しかったのを覚えていますね。
そして今や導入企業数は2,000社を突破し、2022年8月からのタイへの事業進出を皮切りに、アジア全土での脱炭素経営の支援をスタートしました。「グローバルな脱炭素経営パートナーとなる」というビジョンの実現に向けて、これからどのようなことに挑戦していきたいことや、目指す展望を最後に教えてください。
渡慶次今までは組織としての排出量算出を中心に取り組んできましたが、これからはいわゆるカーボンフットプリント(商品やサービスにおける温室効果ガスの排出量をCO2に換算する仕組み)にも力を入れて行きたいですね。
例えばスーパーに並ぶ食品とか、お店で買う洋服とか。そういったものの一つひとつが生まれるまでにどれだけのCO2を排出しているのかを算定して商品にラベリングしていくことも、今後どこかのタイミングで義務化されていくはずなんです。生産からリサイクルに至るまでという長いライフサイクル全体を対象とするため、その算定は組織を対象とするよりもさらに難しくなります。zeroboardは、そういったより細かいニーズにまで応えていくようなサービスに進化させていくのがとても重要だと思っています。
今まさに、MIMIGURIさんとともに機能のアップデートに向けたプロジェクトが進行中です。冒頭でも少しお話ししましたが、カーボンニュートラルというのは算定して終わりではなく、削減することが目的です。ソリューションを有するパートナーさんたちと一緒に、世の中がカーボンニュートラルに向かっていく貢献の手助けをしていきたいというのが、今後の我々のテーマですね。
<引用文献>
大崎真澄,“脱炭素経営のインフラ”へ、企業の「CO2排出量の見える化」支援する気候テックスタートアップ”,DIAMOND SIGNAL,https://signal.diamond.jp/articles/-/930,2022.11.8
Eriko Nonaka,“社会ニーズと創業者特性を活かしてたどり着いたCO2排出量可視化事業”,JP Startups,https://jp-startup.jp/articles/97/,2022.11.8
<参考文献>
外務省,“2020年以降の枠組み:パリ協定”,外務省ホームページ(日本語),https://www.mofa.go.jp/mofaj/ic/ch/page1w_000119.html,2022.12.23
外務省,“パリ協定 - 歴史的合意に至るまでの道のり”,わかる!国際情勢 Vol.150 パリ協定,https://www.mofa.go.jp/mofaj/press/pr/wakaru/topics/vol150/index.html,2022.12.23
経済産業省 資源エネルギー庁,“今さら聞けない「パリ協定」 ~何が決まったのか?私たちは何をすべきか?~”,資源エネルギー庁WEBサイト,https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/tokushu/ondankashoene/pariskyotei.html,2022.12.23
環境省,“カーボンニュートラルとは”,脱炭素ポータル,https://ondankataisaku.env.go.jp/carbon_neutral/about/,2022.12.23
環境省,“気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)”,環境省,https://www.env.go.jp/policy/tcfd.html,2022.12.23
日本経済新聞,“気候変動リスクとは 東証「プライム市場」で開示義務”,日本経済新聞 電子版,https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUB184Q50Y1A011C2000000/,2022.12.23
Writer
田口友紀子
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