「組織の成長と個人の自己実現を整合させていく」──MIMIGURI CCO 小澤美里が人材開発の新施策「Quest」に込めた、「諦めない組織」への願い。
小澤美里
CCO
西村歩
リサーチャー
京都工芸繊維大学工芸学部、グロービス経営大学院経営研究科卒。グラフィックデザイナー、webデザイナー、ディレクターを経てブランディング、デザインを主とし起業(共同経営)。その後webサイト制作・システム開発会社にて執行役員・COO/CDOを務め、デザインプロセスを用いて経営課題の解決に取り組む。2022年8月株式会社MIMIGURIに入社。2022年9月に執行役員CCOに就任。
東京大学大学院情報学環客員研究員。慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科修士課程修了。科学哲学・科学社会学を専門とし、修士課程ではデザイン学における実践研究方法論に関する調査に取り組む。現在はデザインファームに内在する実践知の形式知化を主軸とする「実践知型研究組織」の概念構築に従事している。電子情報通信学会HCGシンポジウム2020にて「学生優秀インタラクティブ発表賞」、電子情報通信学会メディアエクスペリエンス・バーチャル環境基礎研究会にて「MVE賞」を受賞。
2023年3月決算期より上場企業に対する人的資本の情報開示が義務化され、人的資本経営への注目は高まっています。一方で、外部環境の変化の激しい昨今では事業が変化するスピードも加速し、人材戦略の連動がますます難しくなってきています。
2022年5月の人材版伊藤レポート2.0でも「企業や事業の成長と多様な個人の成長の方向性を一致させていく必要がある」とした上で、それに対応する「社員エンゲージメントを高めるための取組」として、企業の価値創造と、個人の自律的なキャリア開発を同時に達成することで好循環を生む「エンゲージメントレベルに応じたストレッチアサインメント」が推奨されています。
ところが、2020年度の厚生労働省の調査「人材開発政策の現状と課題について」によると、人材育成に「問題がある」とする事業所は76.5%と高い割合になっています。能力開発の責任主体については「企業主体」とする割合が7割を超える傾向もあり、「労働者個人を主体」とする割合は低い一方で、正社員個人への調査では「主体的に職業生活設計を考えたい」とする割合が7割と、労働者の理想と企業の実態における乖離が見られています。
人材開発において、企業の価値創造と、個人の自律的なキャリア開発を同時に達成させることは、いかにして叶うのか。組織と多様な個人は、いかにして対話的な関係性を築いていけるのか。そのひとつの解決策となりうるのが、株式会社MIMIGURIが開発中の人材開発施策「Quest」です。
このQuestは、組織の成長と個人の探究による自己実現を相互に支援する新たな施策として、自社でのプロトタイプ運用がスタートしたばかりだといいます。昨今、組織の重要な資本となる人材の育成について、企業はどのような課題に直面しているのか。新たに開発中の施策「Quest」は、その課題をどのように解決しうるのか。MIMIGURI CCO(Chief Cultivating Officer) 小澤美里に話を聞きました。
組織の成長と個人の自己実現は、どれだけ整合しているのか?
人的資本経営への注目が高まるなかで、企業が抱える人材開発の課題にはどのようなものがあるのでしょうか。
小澤まず、コロナ禍をきっかけに、個人が持つ仕事や働き方への価値観の変容が起きていますよね。自分の人生を仕事に従属させる考え方から、人生の中の一要素としての仕事という考え方へ。アメリカでも、待遇よりも自己実現を優先する「大退職時代(The Great Resignation)」が訪れています。アメリカと日本では経済成長などの状況が異なるものの、所属する組織の目指す方向と、 自分が目指したい方向が噛み合っているのかという疑問が生じている点は共通しています。
そういった影響もあり、近年では、組織の一員として関与できる心地よさや帰属意識を意味する「ビロンギング(Belonging)」が注目されています。一方で、現実として組織の成長と個人の自己実現がどれだけ整合しているのか、そもそも対話の場があるのかと考えたときに、今の評価制度や人材支援の方法だけでは不足がある、と考えています。
MIMIGURIは人と組織に対する深い洞察と専門知を有する経営コンサルティングファームです。これまで、実際にコンサルティングで向き合った人材開発課題の事例などがありましたら、合わせてお話しください。
小澤MIMIGURIはこれまで、人材開発分野においては、評価制度の策定や、個人を主語とする語りによる個人育成研修などのソリューションを提供してきました。事例には例えば、株式会社マネーフォワードのデザイナー評価・育成制度アップデートや、パーソナライズビューティケアブランド「FUJIMI」を展開するトリコ株式会社の「評価制度開発」などがあります。
これらの実績に基づいた知見をもとに、組織の成長と個人の探究による自己実現を相互に支援するために開発しているのが、新しい施策「Quest」です。
「Quest」とはどんな施策なのでしょうか。
小澤これは、個人が半期あるいは四半期ごとに、探究目標「Quest」を設定するという施策です。この探究目標はそれ単体で成立するものではなく、「自己実現ビジョン」「自己の発達課題」「OKRやMBOなどの目標機会」という3つの項目の交点に立てるものです。
小澤Questの考え方をお伝えするために、まずは「何を成長と捉えるのか」という前提の共有から始めておきたいと思います。私たちMIMIGURIが考える成長とは、変容です。一般的な評価項目としてよく見られる「技術力」は水平の成長で、個人の「ものの見方」が豊かになることは垂直の成長と言えます。Questはいずれの成長も促しますが、特に垂直成長の学習を支える仕組みとして有効です。
Questを立てるまでには、順序は場合により異なるものの、大きく分けて4つのステップがあります。
①自分らしい人生の仮説としての自己実現ビジョンを立てる
②自己の発達課題を立てる
③組織が設定するOKR(Objectives and Key Results:目標と主要な結果)/MBO(Management by Objectives:目標による管理)などの目標機会を参照する
④交点となるものを重心とし、Questシートを用いて探究目標「Quest」を設定する
小澤①は、仕事に限らず人生全体のまなざしをもって、「自分自身がどうありたいのか」を言語化すること。②は、自分が自分に持つ課題のことです。例えば、「ものの見方や捉え方にある癖を変えていきたい」「この点が解決されれば、もっと力が発揮できるかも」というような発達のための課題ですね。そして重要なのが③の、組織がミッションや期待値として設定するOKRやMBOを、個人の学習機会として捉えられるか、ということ。上記のうち④の「Questを設定する」行為は、言い換えるならばその人個人が持つ内発的動機に沿いながらも、組織という外的評価も得られる交点を探すことでもあるんです。
今後さらに開発と検証を重ねていき、「自己実現ビジョン」や「自己の発達課題」などのネーミングは、もう少しワクワクするような親しみやすい言い回しに調整していく予定です。
これらの言語化には、自己の客観視や抽象性の高い思考も必要になりそうです。難易度が高そうに思うのですが、どのように言語化を進めていくのでしょうか。
小澤これらの言語化は一人では難しいので、上長や同じチームの仲間との対話を通じて、あぶり出していくようなイメージです。3つの円に関する情報を付箋などで言語化した後に、Questに向けて改めて細かな言語化を進めていく形になりますね。Quest専用の言語化シートも合わせて開発しました。
小澤これを半期に一度、あるいは四半期に一度、「今、何に取り組んでいけば自分が前進できるのか?」と見直しながら運用していく施策になります。
このQuestは定性的な指標となりそうですが、評価はどのように行うのでしょうか。
小澤MIMIGURIとしては、Questは、人事評価項目として対象にすることを想定していません。それならどうしてわざわざ設定するのかと言うと、個人と組織が、互いの成長スピードに向き合っていくために必要だからです。
個人の成長(変容)は、職能バイアスやグレードのバイアスにより、認知されにくい傾向にあります。例えば、デザイナーの職能を持つメンバーがファシリテーションに興味を持っていたとしても、その共有や認知の機会がないために、デザイナーの役割だけを求められ続ける……ということもあります。でも、Questとして言語化しアップデートの機会を設けることで、チームや組織に常に最新情報が共有される状況が作れます。そうすれば、その人が本当に得たい成長機会の創出がされやすくなるはずなんです。
このQuestを開発するまで、MIMIGURIでは人材育成において「探究テーマ(Tankyu Thema:TKT)」を設定する形で推進していました。ですが、抽象性が高くなりやすく、個人の変容を反映するアップデートの機会も作りにくい状況となっていたんです。対してQuestは具体性が高いため、個人が挑戦の一歩を踏み出しやすい施策であると言えます。
Questは、「自己の発達課題」「OKRやMBOなどの目標機会」という具体性の高い情報に基づいて見出すからこそ「自己実現ビジョン」という抽象性の高い目標への足場がけとしても機能するのですね。この3つの輪の交点が見出しにくい場合はどのような対応になるのでしょうか。
小澤Questは3つの輪が交わる「結果」なので、場合によっては交点が見い出せないパターンも当然あると思います。ですが、「自分は交点を見いだせない状態にある」という、そのメタ認知をできること自体が重要であると考えています。マネジメントの視点では、「それなら、どうすれば業務での目標機会とあなたの自己実現ビジョンと近付けていけるだろうか?」と向き合っていく機会を創出できます。そこからOKRやMBOをどう設定していくかが、人材育成の肝にもなります。
Questの対話は、組織が「個人と組織の整合に目を向けている」姿勢を示すことから始まる。
Questを見出すまでの過程も、見出してからの向き合い方も、対話的であることが肝になりそうですね。
小澤Questの運用は、個人間で閉じずに「場でやる」ことに意義があります。ここでの「場」は組織開発のために用意するような一時的なものではなく、所属部署やプロジェクトチームなど、日常で業務を共にしているスモールチーム内という意味での「場」です。
現代は、外部環境の変化の速さに比例して、事業の変化も速くなっています。事業変化が速いからこそ、組織と個人の変化スピードの整合が難しくなっている、とも言えるかもしれません。だからこそ組織としては、その整合をとる機会が必要です。もしその機会が無いままだと、整合の役割をマネージャーやメンバー当人が引き受けるしかなく、「1on1でひたすらに適応課題に対応する」モグラたたきになり、疲弊を生んでしまうこともあります。リーダー個人のマネジメントスキルに依存してしまう形にもなりかねません。
同じ組織で人生の貴重な時間を共にしていくならば、その人の目指すものと組織におけるミッションの整合を考えながら、「あなたはやりたいことがやれる。そして組織からの評価にもつながる」という、組織と個人の関係性を作っていきたい。Questには、そういう思いが前提にあります。
個人はもとより、組織文化としても高い対話レベルが求められる施策のように思います。
小澤はい、そうなんです。だからこそ、組織における対話の場のファシリテーションも合わせてデザインしていくことで、組織全体の柔軟性も高まっていくと考えています。先ほどの「場でやる」ことは、人と人の間にある関係性のバイアスを解かすことにも繋がっていきます。「Questから相互触発が生まれる場づくり」についても、これから検証とアップデートをしていく予定です。
事業を推進する中で生まれる課題は、技術的課題と適応課題に二分して考えられます。適応課題に対してアプローチしようとすると、どうしても個人の「ものの見方」や、人の関係性の問題に踏み込んでいかざるを得ないところがありますよね。
「ものの見方」のアップデートは、その人本人が能動的に向き合わないと成し得ないことです。その意味でも、Questは「あなたがなりたい自分」が重心に含まれている以上は、そこから大きく乖離することは起きません。「場でやる」営みを通して、関係性にある固着したバイアスが解かれていくことにも繋がるのではないかと考えています。
このQuest施策は、2023年7月に開催されたデザイナー向けのイベント「DesignOpsMeets #2 成長支援の取り組み」において、会場から反響を呼んだと聞いています。どのような点が共感されていたのでしょうか。
小澤このイベントでは偶然にも、登壇した3社ともが、水平成長と垂直成長など個人の学習について言及していました。組織と個人の学習の関係を考えようとするとき、「組織の成長速度」と「個人の自己実現」を両立させるための取り組み方法に「わからなさ」があるために共感されたのではと推測しています。会場では、「そもそも、組織において個人の自己実現についての対話がなされていない」「対話の必要性は理解しているが、事業の成長スピードに飲み込まれていってしまう」といった感想や共感の声をいただきました。
QuestはすでにMIMIGURI社内で導入し始めているとのことですが、どのように展開していったのでしょうか。
小澤MIMIGURIでは、社員全員が集まる全体会において、施策としての説明のみならず、「皆で支え合おう」と「Quest with you」というメッセージを表明をすることから始めています。個人から個人へ「あなたを大切に思っています」と伝えるのも重要ですが、組織としては点での配慮にしかなりません。だからこそ、組織が全体に向けて「個人と組織の整合に目を向けている」姿勢を示すことが重要だと考えています。個人が活躍しながらも、組織は事業の成長スピードを落とさない。それがQuestの目指すあり方なんです。
導入状況としては、8月から部門を限定してプロトタイプ的に展開し始めたところです。9月から組織構造が大きく変わったのですが、Questの導入によって、再編成後の環境でも、相互理解や目標設定に良い影響をもたらすと考えています。まずは互いに理解し合えている旧チーム内で、フィードバックやフィードフォワードをしながらQuestを立てる。そして移行後の新体制のチームでは相互理解のきっかけとして使っていく。そしてまた、時が来たらそのチームの皆とリフレクションして、Questを見直していく。現段階では、そんな運用を想定しています。
他社が導入しようとするとき、このQuest施策が特に向いている業界や業種はあるのでしょうか。
小澤Quest施策は業界や業種を問わず、どんな企業にも向きます。なかでも特に真価を発揮しやすいのは、事業の変化スピードが早い組織でしょうか。
事業変化のスピードが早いと、新しい人も増えて事業構造もどんどん変わっていきますよね。そして組織構造も変わっていく……となると、どうしても吸収しきれないところも出てきますし、組織として機能していくまでに時間も必要になります。そうすると、事業成長にストップがかかってしまうことだってあります。
でも、Questが機能していれば、事業構造や組織構造が変わっても、早い段階でビロンギングを築きやすくなると思うんです。そのため、個人にとって重要な施策であることはもちろんなのですが、 経営戦略上にも寄与するものであると考えています。ビロンギングは経営視点ではコストと思われがちかもしれませんが、組織経営のアジリティを高める重要な取り組みでもあるんです。
導入する場合の留意点などがありましたら教えてください。
小澤もし他社で取り入れていただく場合は、意味の軸は変えずとも、それぞれの組織文化に合わせて言葉のラベリングを調整するのもよいかもしれません。例えば、発達課題を「伸びしろ」としたり、自己実現ビジョンを「ありたい姿」としたり。すでに組織の中で使われている言葉があると思うので、その組織らしさを反映したラベリングにすると馴染みやすいのかもしれない、と思います。
MIMIGURIは、多様な個人の成長と事業成長の両立を諦めない。
小澤Questの開発プロジェクトは昨年秋、MIMIGURI内で独自に運用していた「探究テーマ」が有効活用されていない状況に着目したことと、また研究開発本部のリサーチャーである西村さんが「そもそも、探究とは何であるのか」という学術的なリサーチを行ったことから始まっています。
2021年の合併を経て、MIMIGURIという組織はめまぐるしく変化し、事業方針も明確になっていきました。その反面、個人が持つ探究の衝動が変化していることがキャッチアップしにくく、その成長機会となる適切なプロジェクトへのアサインが叶いにくい……という現象が起きていたんです。この課題を解決すべく、事業を推進することと、多様な個人の衝動を整合させることを目的として開発したのがQuestでした。
開発のあらましは、ともに開発した西村さんからも別途発信予定です。実は西村さんは、かつて学生時代の研究テーマに「自己実現」に関するものを持っていたんです。だから西村さんにとっては、Questの開発それ自体がQuestであった、とも言えます。西村さんの記事をお読みいただくことで、Questにある学術理論の背景をさらに深く知っていただけるのでは、と思いますね。
最後に、小澤さんがQuestに込めた思いを聞かせてください。
小澤世の中のあらゆる人が、より自分が生きやすい方へと変容すること。それを諦めない社会にすることが、私個人の目標なんです。Questは、その目標のために初めて導き出した具体的な解だとも言えますね。
MIMIGURIが提供するソリューションの基盤には、人と組織の可能性を最大限に活かした新しい多角化経営モデル「Creative Cultivation Model(CCM)」があります。Questは、組織を耕すポジションのCCOである私にとっては、やがて「社会を耕す」ことへと繋がっていく初めての仕事であるとも言えるのかな、と思います。
Questを足がかりとして、個人の成長と事業の成長の両立を諦めずに対話のテーブルに載せ続ける組織のあり方を作っていきたい。それが私の願いです。
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以下では、小澤とともにQuestを開発したリサーチャー西村が、どのような問題意識やプロセスで制度設計されていったのかを論じています。あわせてご参照ください。
Writer
田口友紀子
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