Project

2026.08.26

後編:聞き上手だった二代目が、自分の意思で決める経営者へ──事業承継を経て「経営のボールを自分が持つ」と決めた4年間【株式会社ハート:経営者編】

  • 塙 達晴

    コンサルタント

  • 新卒にて、トヨタグループの金融会社に入社。自動車ディーラーの収益向上や財務体質の改善に向けた、金融・財務コンサルティング業務に従事。その後、株式会社GLOBISにて、人材育成のコンサルティング業務や他流試合型育成サービスのプロジェクトに参画した後、チームマネジメントや講師業を経験。現在は、株式会社MIMIGURIにて、多角化経営 / 事業開発 / 組織再生 / 組織デザインのプロジェクト、並びにコンサルティング部門の事業長を担う。

株式会社ハートの代表取締役・濱島啓太さん(以下、濱島)は、芸術系の大学を出て芸術家としてのキャリアも持つ2代目経営者です。MIMIGURIとのプロジェクトが始まった2022年当初について、濱島さんは「経営者だけど、経営をやっていなかった」と振り返ります。

当時は代表を退くことも真剣に考えていたという濱島さん。

それから4年、経営のオーナーシップを持つと決め、自らの価値観を経営方針として発信し、次世代への事業承継を構想する経営者へと変わっていきました。

前編で扱った組織の変容の裏側で、経営者である濱島さん自身に何が起きていたのか、5つの転機を、濱島さんとMIMIGURIの塙 達晴(以下、塙)が振り返ります。


前編:会議ゼロの会社が、社員が自ら議論する組織へ──事業承継を経て「個人戦」から「チーム戦」に変わった4年間【株式会社ハート:組織編】



濱島 啓太(はましま けいた) 株式会社ハート 代表取締役。東京藝術大学大学院美術研究科修了。2009年、創業者である父の後を継いで代表取締役に就任。創業35年を超えるジェネリック農薬メーカーとして除草剤事業を主軸としながら、2022年には野草茶事業を立ち上げ、第二創業期の経営を担う。


塙 達晴(ばん たつはる) 株式会社MIMIGURI コンサルティング事業長。新卒にて、トヨタグループの金融会社に入社。自動車ディーラーの収益向上や財務体質の改善に向けた、金融・財務コンサルティング業務に従事。その後、株式会社GLOBISにて、人材育成のコンサルティング業務や他流試合型育成サービスのプロジェクトに参画した後、チームマネジメントや講師業を経験。現在は、株式会社MIMIGURIにてコンサルティング部門の事業長を担う。2022年3月より約4年間、株式会社ハートの組織変革プロジェクトに伴走。PMVの再構築から人事制度・会議体の設計、次世代への事業承継までを一貫して支援した。


「経営者なのに、経営をやっていない」——誰がオーナーシップを持つのか

:今回は、濱島さん個人の変容を伺っていきます。プロジェクトをご一緒させていただくようになった頃を振り返ってみて、どんな心境でしたか。

濱島正直に言えば、代表を退こうと思っていました。創業者である父が病気となったことから急遽経営を担う人が必要になり、責任感から引き受けたんです。ただ自分はあくまで父の代理だと考えていたので、いずれ退くことも頭にありました。社員に迷惑をかけずに出口へ進むべきだと思い、その相談でコンサルとしてMIMIGURIに入ってもらったんです。今思い返せば、経営者なのに、経営をやっていなかったとも言えます。

:当初はパーパスやミッションを決めることも検討に上がりましたが、結局、「誰が経営のオーナーシップを持つのか」が最初の焦点でした。改めて、濱島さんが経営のオーナーシップを持つのかどうかを尋ねる機会がありましたが、そこで濱島さんのライフプランについても一緒にお話させていただきましたよね。会社をどうするかの前に、濱島さんの人生をどうしたいのか。辞める、譲る、続ける、など、出口の選択肢を排除せず並べたうえで、対話を重ねました。

濱島:中長期、超長期の自分の姿を描けるようになったのは、あの整理があったからです。加えて、「もっとこういう組織をつくりたい」という理想はありながらも、当時の組織を考えると難しいだろうと諦めに近い感情もありました。そのときに「濱島さんが思っていることや、組織をつくることは絶対にできますよ」と塙さんに言ってもらって、あの一言は大きかったですね。人間観・組織観に愛を感じたというか。本気で言ってくれていると受け取れました。それで、2022年の秋に「経営のボールを自分が持つ」と決めました。あれは経営判断というより、人生の選択とも言えるもので、この4年間で最大の転機です。

:私自身は、濱島さんの人間観や内省の深さ、プロデューサー型のリーダーシップを拝見して、濱島さんなら絶対にいい経営・組織がつくれる、と本気で思っていました。そもそも、ハートで継続して働いておられる方々は、濱島さんの人柄に惹かれていた側面も多いと感じています。だからこそ、濱島さんが「作りたい」とおっしゃっている組織像は丁寧につくっていけば必ず実現できると思っていました。

4年に渡って毎週行われた1on1では、経営思想の整理や経営課題の精緻化から打ち手の検討といった実務的な面から、濱島さん自身のキャリアや組織との向き合い方など、多岐に渡る内容を対話やワークを通じて進めた

相手に合わせるだけの「聞き上手」から、自分の意思を場に出す経営者へ

2022年から2023年にかけて、1on1では濱島さん自身の価値観の言語化が継続的に行われた。

濱島:覚悟を決めた後も、すぐに楽になったわけではありませんでした。私はもともと、人の話を聞くことはできていたと思います。ただ、相手に合わせる関わり方だったため、会社に長く在籍するメンバーに適応する形になってしまっており、結果として社員一人ひとりが主体的にのびのびと活躍できる状態からは遠ざかってしまっていました。他方で、自分の価値観を出そうとすると、それまで周囲のメンバーに合わせてきたことと違うことを言わなければなりません。矛盾している自覚していましたし、解消した方がいいことも分かっていました。でも、コミュニケーションをとる気力が途絶えて、心が折れかけたこともありました。

:この時期の僕と濱島さんの1on1では、濱島さんが本来持っている価値観や意思をきちんと場にだしていこうと話ていました。

濱島:少しずつ自分の意思を表現していく中で、とある経営メンバーからは“株式会社濱島”として、濱島さん自身の価値観を表出させてきましたね」と言われました。私自身も、積み上げる中で、つながってきた感覚もありましたね。人の話を聞く特性に加えて、自分の意思を反映させる力が加わったこと、これが4年間で一番できるようになったことだと思います。

:ファシリテーションは中立的なものと思われがちですが、ファシリテーション型のマネジメントとは、中立を装うことではなく、自分の意思を場に同居させながら前に進めることです。濱島さんはまさにそれを実践されていたように思います。

「経営を学んでいないから自信が持てない」——実践から自分の経営観を掴む

経営観をめぐる対話は、4年間の伴走を通じて続いた。成人発達理論をはじめとする理論的な知見が、対話の共通言語として用いられた。

濱島:私は特に経営を学んできたわけではないので、自信を持って発信できなかったんです。抽象度の高い話をする私と、現場の視点で物事を捉えるメンバーの間で、なにかを言っても通じないという諦めもありました。

:経営理論などの経営知見も、もちろん大事です。ただ、周囲のメンバーとともに前に進めていく上で、知識だけではどうにもなりません。日々さまざまな人と向き合い、試行錯誤しながら組織をつくってこられた濱島さんが、知識がないという理由で、経営リーダーとしての自信を持てずにいるのはもったいないとも感じていました。

濱島:今振り返ると、知識とは別の領域で経営をしていた感覚があります。ただ、それは点がバラバラと頭にある状態でした。この4年間で、その点が構造的につながって、何が正しくて何が間違っているのか、自分なりの価値観に根ざした経営観が形づくられていったんです。教科書の知識があるかないか、企業の規模は関係ないと思えたことは大きかったですね。

:「経営」という言葉が、必要以上に敷居の高いものになってしまうという点には私も違和感があります。

濱島経営は「企業のコミュニティづくり」とも言えると今では思っています。技術として捉えると、人をコントロールするという発想になってしまう。でも、人に向き合うという意味での実践なら、自分にはもともとあったんだと分かりました。

:経営観という面では、濱島さんが個人としても大切にされている“働くことは、暮らし”という考え方も、その系譜に連なるものですよね。

濱島:そうですね。「ご飯を食べること」を技術として切り取って考えるのかということと同じで、私は仕事とプライベートを分けることにも違和感があるんです。もともとは売上のみに集中できない自分が経営者をして良いのかと不安に思っていましたが、今は「敵に鋭く勝つにはどうするか」ではなく、「社会と暮らしを支えるにはどうすれば良いか」という問いを経営のど真ん中に据えています。

ある回の全体会の設計概要を示した図。ゴールには社会と暮らしが据えられている

人を大切にするあまり、組織としての判断に踏み込めない

2023年下半期にサクセッションの構想が始まり、2024年には役員のキャリア相談と分社化の検討が行われた。2024年から2025年にかけて、後継候補だった役員の退職を含む経営体制の再整理が行われた。

:もともと、濱島さんは人を大切にしたいという思いが強く、だれかに反対したり、社員と衝突しないようにしすぎた結果、組織としての意思決定に躊躇されることも多い印象でした。

濱島:一人一人の事情に寄り添おうとするあまり、視点が下がってしまうことが課題でした。全員に寄り添おうとすると、組織としての軸が曖昧になってしまうので、どこかで組織としての線引きをしなければならない。ただ、そうした場面での判断には、かなり迷いが生じました。

:役員のキャリア相談、分社化の検討、経営体制の再整理、と重い論点が続きましたが、「そこに違和感はあるか」「自分が経営リーダーとしてどう判断すべきか」と問いを重ねながら、濱島さんとともに状況を多面的に行え、様々な選択肢を検討できるようにしていました。

濱島:そうですね。例えば人のマネジメントに関して、上位のマネージャーたちが昇格を望んでくれていることは理解している一方で、そのままマネジメントを任せても上手くいかないことも見えていました。そのもどかしい状況を塙さんに整理してもらえて、動きやすくなったんです精神的に助けられたことも大きかった。人のことを大切にしすぎるあまり、下がっていた視点を、俯瞰できる視座まで戻して、整理して判断できるようになったんです。かつては「無責任だ」と感じていた判断が、実は責任を果たすためのひとつのピースだったと、いまなら分かります。

思想はあるのに、組織に届ける手段がない

濱島さんは2023年に当時開講していたMIMIGURIのオンライン学習プログラムを受講し、自らファシリテーションを担うようになった。2024年下半期には全社員が参加する場で会社の歴史と経営方針を自ら展開した。

濱島:自分の経営観は徐々に言語化できるようになったのですが、次の課題は、それを社内へどのように伝えればいいのかという点でした。

:その課題に対する転機は2023年でしたよね。当時、弊社で開講していたオンライン学習プログラムを受講され、ご自身がファシリテーションを担う側に回られた。翌年には全社員が集まる会議で、会社の歴史とこれからの経営方針を、濱島さん自身の言葉で語られていたことを覚えています。

濱島:いまは全社の場でも1on1でも、自分の言葉で方針を語り、場をひらく側にいます。ファインアート出身の自分にとって、会社を一つの作品のように見る視点と経営がつながった感覚もあるんです。以前は複数のリーダーがそれぞれ違う方向を示していて、社員は誰についていけばいいのか分からず、混乱していました。それがいまは、「濱島に聞けばいい」という状態ができています。

ある回の全体会準備の様子。課題のデザイン・プロセスのデザイン・場のデザインの観点から整理を行い、当日の実施内容まで落とし込んでいる

:全てをファシリテーションで解決するわけではなく、状況によって使い分けもされていますよね。

濱島:何か具体的な論点があり、それを共有させたり浸透させたりするときにファシリテーションは有効です。ただ、現場に指示をしたいときにファシリテーションをすると、逆に現場を混乱させてしまうこともある。なので場面や人によって、ファシリテーションとトップダウンの進め方を使い分けています。

:ファシリテーションというと、MIMIGURIのファシリテーションにはどんな特徴があると思われましたか?

濱島関わり方そのものがファシリテーションだった、ということです。仕事ではあるけれど、一人の人間として、向き合ってもらえた感覚が強く残っています。自分のポテンシャルにかけていた蓋を開けてもらい、今度は自分がメンバーの蓋を開けに行く——そんな時間でした。その変容の過程にMIMIGURIがいてくれたことが嬉しいです。

:最後に、同じ立場で悩む承継経営者の方へ、「はじめの一歩」を伝えるとしたら。

濱島:仕事以外のことを、もっと充実させた方がいい。仕事の答えは、仕事の中にはないんです。4年前の私は、自分を見失っていました。だからこそ、自分の人生を深掘りして、自分を知ること。「自分の取扱説明書」を持てるといいと思います。暮らしの中から自分を見つめ直して、家族のため、社会のために働けるようになると、経営は変わっていくと思います。


2022年、代表を退くために外部の伴走を求めた濱島さん。それから4年、いまでは3カ年ロードマップを掲げ、5年後の事業承継を見据えて次世代の育成に取り組んでいます。

こうした経営者個人の変容は、組織の変革と切り離せません。MIMIGURIは、その両輪を一体のものとして支援してきました。

事業承継、経営者の育成、組織の再生。こうした一朝一夕には解けないテーマに、MIMIGURIは長期の伴走者として向き合っています。 同じような課題を感じていらっしゃる方は、ぜひ「お問い合わせフォーム」より、お気軽にご相談ください。


※本事例は株式会社ハート様の承諾を得て公開しています。

  • コンサルティング事業長

    塙 達晴